(4)主の帰宅
恋しくて恋しくて堪らなかった翡翠の貴公子が、
遂に屋敷に帰って来て、金の貴公子は・・・・??
待ちぼうけな金の貴公子の御話、完結です☆
翡翠の館には、まだ主の姿はなく、其の帰りを誰もが静かに待つばかりであった。
暫く翡翠の館に滞在していた夏風の貴婦人も、今朝、太陽の館へ帰ってしまい、
屋敷は一層、静まり返っていた。
だが執事が屋敷の廊下を歩いていると、何かの羽音が近付くや否や、
窓辺に一羽の翡翠の鳥が現れた。
長く屋敷に仕える執事には、其れが翡翠の貴公子の羽根で在る事を心得ていた。
翡翠の鷹は窓辺に留まると、すう・・・・と姿を消した。
何度見ても実に不思議な光景である。
だが執事は動じる事もなく、
「主様が帰って来られます。御食事と御風呂の御準備を」
メイド達に指示を出す。
先程まで、のんびりと御喋りをしていたメイド達が、慌ててそれぞれの仕事場へと駆けて行く。
何やら急に慌しくなった屋敷に、自室から出て来た金の貴公子がメイドの一人を捕まえた。
「どうしたの??」
すると、メイドは早口で答えた。
「主様が帰って来られるのです」
ああ、忙しい忙しい、とメイドは、さっさと駆けて行く。
そんなメイドの後ろ姿を、金の貴公子は暫く見遣っていたが、
「・・・・ええ!!」
漸く我に返った様に声を上げた。
何故か心臓が、ばくばく言っている。
「帰って・・・・来るんだ」
主が・・・・帰って来る。
帰って・・・・。
逸り出す鼓動を何とか鎮めようと、金の貴公子は一旦、自分の部屋へと戻った。
窓辺を見て翡翠の貴公子の姿を探してみるが、生憎、金の貴公子の部屋は正面玄関側にない為、
主の姿を確認する事は出来ない。
耳を澄ませてみると、ばたばたと走るメイド達の足音が聞こえる。
金の貴公子は長椅子に腰掛けて平静を装ってみたが、どうにも落ち着かず、直ぐに立ち上がった。
そして鏡の前へと行くと、髪型を整えてみたりする・・・・が、
「俺は・・・・何を遣っているんだ・・・・」
我に返り、また部屋の中をうろうろとし始める金の貴公子。
ああ・・・・落ち着かない。
なんて落ち着かないのだ・・・・!!
聴覚ばかりが鋭くなっている。
其処まで迎えに行ってみようか・・・・。
しかし其れも、どうかと思われる・・・・。
それより、どんな顔をして逢えば良いのか・・・・何と云っても五十日振りなのだ。
金の貴公子は引き出しから手鏡を取り出すと、其れを睨んだ。
「やっぱ、笑顔かな」
鏡の前で笑ってみせる。
「いや・・・・此処は一つ、凛々しく・・・・」
今度は、きりりとした表情を作ってみる。
「いやいや。もう少し軽い感じの方がいいか??」
金の貴公子は暫く一人で百面相をしていたが、はたと自分の前髪に気が付いた。
「むむう。前髪のカールが甘いな。カールし直そうっと」
金の貴公子はマイカーラーを取り出すと、慣れた手付きでクルクルと前髪を巻き始める。
自然と鼻歌まで歌い出す。
そんな金の貴公子の事を知る由もない翡翠の貴公子が帰って来たのは、日も暮れる頃であった。
金の貴公子は・・・・待ちくたびれていた。
「まだか・・・・?? まだ帰って来ないのかよ??」
金の貴公子が長椅子でごろごろしていると、一階の方から揃った声が響いて来た。
「おかえりなさいませ!!」
其のメイド達の声に、金の貴公子はガバリと跳び起きる。
帰って来た!!
金の貴公子は部屋を跳び出し、吹き抜けになっている玄関を見下ろした。
彼の目の先には、待ちに待った其の人が・・・・居た。
翡翠の・・・・主だ。
溢れ出す感情に、金の貴公子は階段を駆け下りたかったが、
階下から自分を見上げてきた翡翠の貴公子に、金の貴公子は思わず柱に隠れてしまった。
其のまま金の貴公子が柱の傍でしゃがみ込んでいると、
階段を上って来た翡翠の貴公子が不思議そうに見下ろした。
「何をしている??」
何一つ変わる事のない翡翠の貴公子の落ち着いた声に、金の貴公子は苦笑いをすると、
「お、御帰り」
照れ隠しをする様に立ち上がった。
「ああ」
翡翠の貴公子は短く答えると、金の貴公子の横を通り過ぎて、自分の部屋へと入って行った。
金の貴公子は其の場から、ぴくりとも動けなかった。
早鐘を打つ心臓は、もう壊れてしまいそうである。
ああ・・・・。
五十日ぶりに聞いた、主の声。
何も・・・・変わっていなかった。
金の貴公子は言いようもない安堵を感じていた。
翡翠の館の食堂は、久し振りに賑やかさを取り戻していた。
とは云っても、喋っているのは金の貴公子だけなのだが。
金の貴公子は嬉しくて仕方がなかった。
向かいの席に座る翡翠の貴公子からは、湯上りの良い香りがする。
金の貴公子は鼻を鳴らし乍ら夕食を頬張りつつ、べらべらと喋り続けていた。
「でさ、夏風の貴婦人が暫く居て、もう恐いの何の!! しごかれちゃったよ」
翡翠の貴公子はスープをスプーンで飲み乍ら、
「そうか」
普段と変わらない返事を返す。
「もう、あちこち痣だらけでさ!! 見てくれよ、此処と、ほら、此処にも!!」
腕に出来た痣を翡翠の貴公子に見せる。
「強靭な精神は身体を鍛える事から始まるんだ!! とか夏風の貴婦人言ってさ、
でも強靭な精神が出来る前に、身体が死ぬっての!! そうだろ??」
「・・・・・」
翡翠の貴公子は時折り相槌を打ち乍ら黙々と食事をしている。
「大体さ、俺が身体を鍛える必要なんてないよな??
背ぇ高いし、スタイルいいし、滅茶苦茶、美形だし、もう他に何も要らなくねぇ??」
「・・・・・」
「ちょ、主!! 其処は、そうだなって言ってくれなきゃ!!」
「・・・・そうだな」
そんな会話を二人は食事中、ずっと続けていた。
そして漸く食事を終えた翡翠の貴公子が食堂を出ようとすると、
「主!!」
金の貴公子が慌てて後をついて来た。
「あの、さ・・・・主の部屋、行っていい??」
翡翠の貴公子が「ああ」と頷くと、執事が気を利かせて声を掛けて来た。
「先日、取り寄せたシャンパンがございますので、御部屋に御持ち致しましょうか??」
翡翠の貴公子は頷くと、食堂を出て二階の自室へと階段を上がって行く。
其の後を追う様に、金の貴公子もついて行く。
間もなく執事が冷えたシャンパンを部屋に持って来ると、
椅子に座っている二人の前のテーブルにグラスを置いて、其れを注いだ。
金の貴公子は嬉しかった。
翡翠の貴公子が部屋で酒を飲むと云う事は、
自分ともう暫く会話をしても構わないと云う表れだった。
「髪・・・・まだ落ちきらないな」
金の貴公子が笑うと、翡翠の貴公子は頷いた。
「帰る前に染め直した。さっき大分、洗浄したんだが・・・・変だろうか??」
言い乍ら、中途半端に薄く黒く染まっている自分の前髪を見上げる翡翠の貴公子は、
どうやら大分、酒が回り始めている様であった。
食事中、翡翠の貴公子が既にワイングラス二杯を飲んでいたのを、金の貴公子は知っていた。
翡翠の貴公子は酔うと普段より多少喋る様になる上に、表情も柔らかくなる。
そんな主を久々に見られた事が、金の貴公子は嬉しくて堪らなかった。
こんな時は質問をしまくらねば。
「バグトューザの視察は?? どうだった??」
金の貴公子が問うと、案の定、翡翠の貴公子は普段より言葉数多く答え始めた。
「思いの外、拓けた場所だった。一部の地域を除けば、治安維持もかなりされている。
国内で賄うだけの力も有るが、国民の多くが既に外へと意識を向け始めている様だったから、
上手く話を切り出せば、来年には正式に政治交渉が出来るかも知れない」
「ふうん。そうなんだ」
ごちゃごちゃした国同士の関係は判らないが、金の貴公子は一応頷いてみせる。
「じゃ、ラトキスは??」
見合い目的の大商人のドール氏に捕まっていた事は、夏風の貴婦人から聞いて知っている。
翡翠の貴公子はグラスを傾けた。
「ああ・・・・まぁ、いつもの事だな。詰まらない見合い話だった」
「でもさ、ドール氏には四人も娘が居たんだろ?? 一人くらい、可愛い子とか居なかったのか??」
どうにも気になって仕様がない金の貴公子は、
ほんのりと頬が赤くなっている翡翠の貴公子の顔を覗き込む。
翡翠の貴公子は暫し思い出す様に宙を見上げると、
「末娘は、なかなか興味深かった」
ぼそりと言った。
翡翠の貴公子の其の言葉に、金の貴公子は驚愕の余り思わず声を上げた。
「ええっ!! そんなに綺麗な子だったのかっ?!」
翡翠の貴公子は少し考えると、答えた。
「話が面白かったな」
「話??」
「ああ」
むむむむ・・・・と金の貴公子は内心、唸った。
此の翡翠の貴公子が女の事をそんな風に言うのは・・・・初めてかも知れない。
余程、絶世の美女だったのだろうか??
密かに闘争心が燃え上がってきて、金の貴公子は机に両手を着いた。
「ど、ど、どんな女なんだよ?! あ、主の・・・・こ、好みのタイプだったのか?!」
つい声を荒げる金の貴公子に、翡翠の貴公子はきょとんとした顔をすると、
「どんな・・・・大きかった」
記憶を手繰り寄せる様に呟く。
「大きい?! 胸が、そんなデカい女だったのか?!」
言い乍ら、主って巨乳好きだったのか?? と頭が混乱してくる金の貴公子。
「胸・・・・?? ・・・・んー・・・・眠い」
すっかり酒が回ってしまったのか、翡翠の貴公子は、よろりと立ち上がると、
「もう寝る・・・・おやすみ」
そう言って、寝室へと入って行ってしまった。
「ええ?! えええええ?!」
ちょおおお!!
主っ!!
そんな意味深な言葉を残して、もう寝るのかよっ!!
そう突っ込みたくても、最早、其の相手は寝室に姿を消してしまった。
金の貴公子は片腕を前に伸ばした格好で固まっていたが、ふと溜め息と共に笑った。
あの人が・・・・帰って来た。
それだけで、いい。
それだけで、幸せだ。
金の貴公子は、
「おやすみ」
寝室の扉に向かって囁くと、部屋を出た。
恋しくて恋しくて仕方なかった、主の帰宅だった。
ここまで読んで下さり、有り難うございます☆
この御話は、ここで完結です。
金の貴公子と翡翠の貴公子の関係を楽しんで戴けたのなら、いいのですが。
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆