(3)娘の温室
商人のドール氏に捕まった翡翠の貴公子が、
次々と娘に逢わせられ・・・・だが、末娘に??
翡翠の貴公子と云う人が少しでも伝わると、嬉しいです☆
翌日、案の定、翡翠の貴公子はドール氏の娘と逢わせられていた。
ドール氏の長女は、ひょろりと背が高く、宝石の類いを全身に飾っていた。
其の娘は、うふりと笑うと、
「御庭を御散歩されませんか?? 御案内致しますわ」
強引に翡翠の貴公子の腕を引っ張る。
翡翠の貴公子は半ば引き摺られる様にして長女に案内されるが儘に庭を連れ回された。
そして娘は執拗に訊いてきた。
「翡翠の貴公子様は、どの様な娘が御好きなのですか??」
翡翠の貴公子は暫し口篭ると、抑揚の無い声で答えた。
「特に考えた事はない」
「ええっ!!」
長女は吃驚した様に手を絡ませると、
「其れは、わたくしでも構わないって事ですよね?!」
化粧の濃い目を輝かせる。
「・・・・・」
翡翠の貴公子は考える様に宙を眺めると、返答しなかった。
何かが・・・・伝わっていない。
そんな翡翠の貴公子の様子に全く気付く事もなく、長女の娘は、
がしりと彼の腕を掴んで見上げてくる。
「わたくしの事・・・・どう思います??」
「・・・・・」
ドール氏の娘たちは大商人の娘なだけ在ってか、実に己の売り込みの激しい女たちであった。
翡翠の貴公子は翌日には二番目の娘、其の次の日には三番目の娘・・・・と、
執拗にドール氏の娘たちに逢わせられた。
どれも似たり寄ったりの性格に、内心、翡翠の貴公子はうんざりしていた。
が・・・・。
どう云う訳かドール氏は、四人目の娘を紹介してはこなかった。
ドール氏の娘には興味はなかったが、此処まで執拗に娘たちと見合わせてい乍ら、何故、
四番目の娘を出さないのか、翡翠の貴公子は内心、不思議に思った。
「ドール氏には、娘殿が四人居られると聞いていたが」
翡翠の貴公子が問うてみると、ドール氏は途端に顔を強張らせた。
「いやはや・・・・何と言いますか・・・・翡翠の貴公子様に勧めるには、どうかと・・・・
ははははは!!」
言い乍ら、ドール氏は額の汗を拭う。
「いやぁ。馬鹿な子ほど可愛いのですがね」
「??」
言葉を濁すドール氏に、翡翠の貴公子は返答を待つ様に見返した。
ドール氏は暫く困った様に笑っていたが、観念した様にメイドに言った。
「ミューラを呼んでくれ」
メイドが四番目の娘を呼びに行くと、ドール氏は更に汗を拭った。
「いや、ははははは!! 余り気になされないで下されな」
「??」
「愛嬌は有るのですが、こう・・・・何と言いますか・・・・末娘のミューラは、
温室に篭りきっている為・・・・」
「温室??」
どうにも言葉を見付けられないでいるドール氏を、翡翠の貴公子は、じっと見下ろした。
そして、メイドに付き添われた四番目の娘が遂に姿を現した。
「あ・・・あの・・・・はじめまして」
現れたのは・・・・巨漢と見紛う女だった。
明らかに翡翠の貴公子の二倍の体重は在ろうかと思われる、太った娘だ。
ドール氏は慌てて笑った。
「いやはや、親子は似ると云うものですか・・・・性格は実に可愛い娘なのですよ」
必死に取り繕ってみせるドール氏に、だが翡翠の貴公子は、
「温室を持っていらっしゃるのか??」
末娘の肥え過ぎた外見など気にもしないと云う様に言う。
「是非、見せて欲しい」
と。
ドール氏と四番目の娘で在るミューラは一瞬目を白黒させたが、
「ほ、ほら!! ミューラ!! 御案内して差し上げろ!!」
娘を急かした。
ミューラは驚愕の表情で何度も頷くと、
「御一緒に来て下さりまし」
翡翠の貴公子を誘った。
翡翠の貴公子は黙ってミューラについて来る。
よく剪定された庭を歩き乍ら、ミューラはどぎまぎしていた。
気の利いた言葉一つ発する事が出来ず、
彼女は庭の更に奥に在る温室へと翡翠の貴公子を案内した。
「此処が・・・・わ・・・わたくしの温室です」
緊張に震える声で言うミューラに、だが翡翠の貴公子は珍しく興味津々と云う目で温室を見回す。
翡翠の貴公子は温室に入るのが初めてであった。
翡翠の貴公子は翡翠の瞳を見開いて温室を見回すと、
「・・・・エンレイか」
一輪の花を見下ろす。
ミューラは大きく頷いた。
「ええ・・・!! そうです!! 此の花の実は、胃腸薬として多様されています」
「ああ。エンレイは長寿の秘薬としても使える」
「そ、そうなのですか!!」
予想もしなかった翡翠の貴公子の言動に、ミューラは声を上ずらせ乍ら彼を見た。
翡翠の貴公子は温室の植物をまじまじと見ている。
「アンズ・・・・」
既に花は枯れ、枝だけとなっているが、翡翠の貴公子には判る様だった。
ミューラは感激すると何度も頷いた。
「ええ!! そうなのです・・・・!!
つい少し前までは、綺麗なピンクの花が咲いておりましたの!!」
「ああ」
翡翠の貴公子は頷くと、更に温室の奥へと進む。
そして一輪の花に目を留め、長い指先で触れる。
「此れは・・・・ゼニオアイの奇形だな。
ゼニアオイの奇形は、俺も過去に四度しか見た事がない。万薬となる貴重な花だ」
興味深気に目を落とす翡翠の貴公子に、ミューラは興奮した。
「翡翠の貴公子様は・・・・本当に植物に御詳しいのですのね」
ミューラは口許に手をあてると、其の巨体とは裏腹に恥ずかしそうに頬を染める。
そして暫くの間、二人は温室の中を見て回った。
翡翠の貴公子は普段見る事が出来ない植物を目の当たりに出来る事が嬉しいのか、
夢中になって翡翠の瞳を輝かせていた。
そんな翡翠の貴公子の反応が意外且つ嬉しくて、
ミューラは驚きと歓びの感情で己の胸が膨らむのを感じていた。
「見事なリュウキンカだ」
翡翠の貴公子が美しい黄色の花に目を落としていると、ミューラは恥ずかしそうに俯いて頷いた。
「花言葉では、恋さえ叶えられずに散った花です。愚かで・・・・」
まるで、わたくしの様・・・・。
ぽつりと零すミューラに、翡翠の貴公子は、きょとんとした顔で彼女を見下ろした。
「何故??」
そう問うてくる。
ミューラは俯いた儘、言った。
「・・・・こんな、わたくしは・・・・誰からも愛されません」
肉のついた太い指と指を絡ませる。
だが翡翠の貴公子は、よく判らないと云う様に目を丸くすると、
「良い趣味だと思うが」
実に興味深気に、再度、温室を見回す。
其の翡翠の貴公子の言葉に、ミューラは更に吃驚すると、また俯いた。
「そんな・・・・風に言われたのは・・・・初めてです」
ミューラは自分自身に激しいコンプレックスを持っていた。
実際、今まで彼女は、己の体重の二倍も在る自分を愛してくれる男性に出逢った事がなかった。
ミューラは小さく、ぼそぼそと言った。
「判っているのです・・・・わたくしの様な女に・・・・殿方は興味など持たれないのです」
こんな恐ろしく肥えた女など。
俯くミューラに、翡翠の貴公子は、やはり不思議そうな顔で見下ろした。
そして、
「何故??」
再度、そう問うてくる。
「愛しいと思うのは、其の相手の魂なのでは??」
首を傾げ乍ら言ってくる翡翠の貴公子に、ミューラは眉間に皺を寄せた。
「翡翠の貴公子様にだって、愛しい方は居られますでしょう??」
「居るが??」
翡翠の貴公子は素直に頷いた。
「其の方が、わたくしの様に、こんなに巨体な女だったら、嫌でしょう??」
口調を荒げるミューラに、翡翠の貴公子は夏風の貴婦人を思い浮かべてみた。
例えば夏風の貴婦人が自分の二倍以上の体重になったとしたら・・・・。
そう考えて、翡翠の貴公子は首を傾げた。
「彼女は・・・・彼女だと思うが??」
其れ以外の感情は湧かない。
外見の変貌など、彼には全くと云って良い程、関係がなかった。
そう語る翡翠の瞳に、ミューラは自分が恥ずかしくなって、また俯いた。
此の翡翠の貴公子は、今迄の自分が知る男性とは明らかに違う。
或いは異種と云うものが、こう云うものなのだろうか??
ミューラは暫く俯いていると、小さく言った。
「わたくしは・・・・自分に自信がないのです。
こんな、わたくしは・・・・誰からも愛されません。わたくしは・・・・わたくしは・・・・
十七にもなって・・・・まだ殿方と・・・・キスすらした事がないのです」
其れは・・・・父親のドール氏すら知らない告白だった。
「こんな、わたくしは・・・・誰からも愛されないのです・・・・温室に篭りっ放しの、
醜いわたくしなんて・・・・」
「此の温室は、実に良く手入れがされている。良い趣味だと思うが」
静かに言う翡翠の貴公子に、だが、ミューラは頑なに首を振った。
「わたくしなんて・・・・!!」
誰にも愛されない!!
声を荒げると、ミューラは俯いた。
彼女は醜く膨れ上がった自分の体型を、ひたすら恥じていた。
「わたくしは・・・・自信が持てないのです」
父親ですら見合い相手として勧められない存在。
ミューラはドレスをぶるぶると震わせ乍ら俯いていた。
翡翠の貴公子は、そんな彼女を暫く見下ろしていたが、
ゆうるりと彼女の顎に手を掛けると・・・・そっと口付けた。
ミューラは何が起こったのか、全く判らなかった。
吃驚した様に翡翠の貴公子を見上げると、顔中真っ赤になって、パクパクと口を開閉させる。
翡翠の貴公子様が、よもや自分などと唇を合わせてくるなど・・・・余りに信じられなかった。
「・・・・あ、あの・・・っ!!」
ミューラが顔から火を噴くかの如くおどおどとしていると、
「ミューラ殿は十分に良いものを持っている。やがて其れを解する者とも出逢えるだろう」
此の温室は実に面白かった。
そう静かに言って、翡翠の貴公子は彼女の前を去った。
一人温室に残されたミューラは口許に手をあてた儘、己の激しい動悸を感じていた。
初めてだった。
こんな自分に、あんなに優しい眼差しと言葉を掛けてくれた人は・・・・。
好い加減、帰り支度を始める翡翠の貴公子に、ドール氏は何とか彼を留めようと必死になっていた。
「海外から面白い芸人を呼んでいるのですよ。是非、是非、観られていって下さい」
だが翡翠の貴公子は首を振った。
「悪いが、そろそろ帰らせて貰う」
しかし、ドール氏も負けてはいない。
「もう直ぐ庭園の秋花が咲きます。是非・・・・是非とも見られていって下さい!!」
だが翡翠の貴公子は外套を羽織ると、ドール氏を見下ろして言った。
「温室の植物は、ドール氏が選ばれているのか??」
突然の問いに、ドール氏は慌てて頷いた。
「え・・・ええ、まぁ。私が外国の市で見付けたものを持って帰って来ております」
「ならば次は、ミューラ殿を連れて行かれるといい。彼女は実に目利きだ」
「は・・・・??」
首を傾げているドール氏に其れだけ言うと、翡翠の貴公子は、さっさとドール氏の館を後にした。
そうして翡翠の貴公子のラトキスでの短い滞在は幕を閉じたのである。
この御話は、まだ続きます。
やっとこさ、ドール氏から解放された翡翠の貴公子が、遂に屋敷に帰って来ます☆
金の貴公子は・・・・??
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