国王の告白
マリアンヌとセフィルスの思いがけない散歩からひと月程経った頃。
エドリックとマリアンヌは、珍しく現王である父に呼び出された。
「一体何の話だろうな?」
エドリックとセフィルスはマリアンヌと共に父の執務室へと歩きながら話していた。
「マリアンヌ様が呼び出されるような案件なんでしょうか?」
何を思っているのか薄っすら分かるが、エドリックとセフィルスはどことなく喜んでいるようだった。
マリアンヌが呼び出される案件。
それは婚約の話ではないかと考えているからか。
対してマリアンヌは固い笑みを見せるだけで終始無言でいた。
現王の執務室に着いて護衛がエドリック達の来訪を伝えると中から扉が開いた。
当然のように3人は入室するが、扉を開けたセフィルスの父、宰相のガードナー・オーグランドがセフィルスの腕を掴む。
「待て。お前は外で待機しろ」
いつになく無愛想に告げる父の言葉に従い、セフィルスが廊下へと出ると扉は閉ざされた。
(確かに俺は呼ばれて無かったな)
今までエドリックが呼び出されても普通にセフィルスも一緒に話を聞くことが多かっただけに無意識に入室していた。
(マリーの前で……失態だな)
大人しく護衛兵の横に立ち、壁に寄りかかりながら腕組みして反省していたセフィルスの耳に、慌てたエドリックの声が聞こえた。
「それはどういうことですかっ!何故マリアンヌがっ!?」
(……なんだ? マリーがどうしたんだ?)
気になったセフィルスは聞き耳を立てるがその後は何も聞こえてこなかった。
ーーー
執務室の扉が閉まり、王に勧められるままソファに並んで座るエドリックとマリアンヌ。
何かを察してるマリアンヌの表情は俯いていてよく確認出来ない。
そんなマリアンヌに気付いていないエドリックは早く仕事に戻りたいのか、今更何だ?と言うような軽い口ぶりで父に話かけた。
「それで?話というのは?」
「ああ。これだ」
一通の封書をチラリと見せたまま王は話だした。
「7日後、隣国ドラングルク国のギルバード皇太子が視察という名目で来訪されることが正式に決まった」
その言葉にピクリと反応したマリアンヌ。
「…ギルバード皇太子?」
「そうだ。先日のマリーの散歩で捕まえた空賊はドラングルク国の者だ。その礼も兼ねて前々から来訪の打診を受けていた。
それが正式に決まった」
「ああ、フィルが捕まえたというやつか」
何だそんな事か、とエドリックは納得した。
「ついては、マリー。皇子が滞在中のお相手はマリーに任せる」
「……分かりました」
微かに震えるような声が聞こえたエドリックはそこでようやく隣りに座るマリアンヌを見た。
俯いて表情は見えないが膝の上に置いた手はドレスを握りしめ、何かに耐えるようなマリアンヌの姿。
それを見たエドリックは反射的に立ち上がって王に向かって声を大にした。
「それはどういうことですかっ!何故マリアンヌがっ!?」
一瞬で悟ったエドリックは父を睨みつける。
「皇子。お静かに願います」
口を挟んだのはセフィルスの父ガードナー。
エドリックはガードナーを見て、ハッとした。
部屋の外にはセフィルスがいる。
そう思ったのか、エドリックは声を抑えて王に問いただす。
「何故ですか。……確か、ギルバード皇子は私と然程歳も変わらないはずです。相手をするなら私のが適任ではありませんか」
尚も父を睨み続けるエドリック。
そんなエドリックの視線を受けたまま王ははっきりと告げた。
「視察という名目だが、ギルバード皇太子の真の目的はマリアンヌだ」
「……」
予想通りの言葉を聞いたエドリックはギリッと奥歯を噛みしめる。
それでも頭をフル回転させてどうにかしようと口を開きかけた時、王の声が耳に残った。
「マリーや。もうエドには私から伝えるからお前はもう下がりなさい」
父の優しい声にマリアンヌは一度だけ頷くが、何も言わず俯いたまま立ち上がって宰相が開けた扉から出た。
「セフィルス、マリアンヌ様を部屋まで送ってさしあげろ」
宰相の言葉の後、扉は静かに閉じた。
「父上、どういうことですか。
"私から伝える"とは? マリーはこの話を知っていたんですか?」
エドリックもまた先程のマリアンヌのようにソファに座り膝で手を固く握りしめている。
「今時、政略結婚なんてどこの国でもしていませんよ。何故マリアンヌなんですか」
どうしても納得いかないエドリックは再度父を睨みつけて言い放つ。
その問いに王は父として答えた。
「マリーだからだ」
「……どういう意味ですかっ!」
痺れを切らしたエドリックは語気を強める。
「エド。お前は皇太子として立派に私の補佐をしてくれている。それはとても感謝しているよ。
ただ、お前が今やっているのは国内のものだ。
……少しでも隣国の事に気をつけていたら、きっとお前ならすぐに気付いたと思うのだがね」
父の諭すような声にエドリックは必死に考える。
(隣国。ドラングルク国。大陸内で一番大きい。ここから北東の地。ここよりも寒冷地。ドラゴンが多数生息してる…)
「ドラゴン……」
ボソリと呟いたエドリックに、父は立ち上がってエドリックの側まで来ると隣に座り、1つの書簡を手渡した。
「これはな、約10年程前に届いたものだよ。正式なものではないが、現ドラングルク国王が当時書いたものだ」
エドリックは手にした書簡を開いた。
それは、まるで親友に話しかけるような書き方の他愛もない近況報告から始まり、互いの子供の話。
そして、エドリック達が10年前に見つけた"寿命を全うしたドラゴン"の話。
「そしてこれがマリーが10歳になった時の祝いの書簡だ」
父が差し出したもう一通も正式なものではなかったが、そこには一人の父親としての言葉が書かれていた。
誕生日の祝いの言葉。
そしてマリーが白いドラゴンに乗ってると知り、ドラゴン遣いであるマリーにとても興味を抱いたこと。マリーが嫌でなければ自分の皇子と結婚させたいくらいだ、と。
「今時、政略結婚なんてさせるつもりは無い。
ただね、こういう話が来てるよと儂はマリーに話してしまったんだ。
当時10歳のマリーに好きな男がいるかなんて考えてもいなかったから話してしまったんだよ」
そこで父は心底申し訳なさそうに書簡を見つめていた。
「……でも、これは正式なものでは……」
呟きながらエドリックもその当時のマリーに恋心があったのかと考える。
セフィルスのことを"フィル兄"と呼んでいたマリーが"フィル様"になったのはいつなのかすら知らなかった。
「マリーはね、この話をした時に決めてしまったんだよ。
"私が成人しても18歳までに結婚していなければこの話を受けます"とね」
「18っ!?」
「勿論、それもマリーと儂の口約束だ。正式なものでは無い。
ただ、今回の皇太子の訪問は、現王が決めたことでは無い。皇太子自らがマリアンヌに興味を抱いてしまった。
それがどういうことか分かるかい?」
そこでやっとエドリックは事の重大さに気が付いたのだった。