悪の宰相を倒す話 side魔王
一体、どこで間違ってこうなったのか、だと?
そんな疑問を覚えること自体が、弱者である証左ではないか。馬鹿馬鹿しい。
魔王城の謁見の間で、我と勇者は相討ちとなり、倒れた。元々、天鵞絨の絨毯が敷き詰められ、華やかな装いだった広間は見る影もない。
六千ほどいた軍勢は、いまや二千あまり。それも、残っているのは侵攻のために放った烏合の衆ときた。まったく、忌々しいことこの上ない。魔王軍は負けぬ。そう言いきったくせにこの体たらくか。
そもそも我は、人の国を支配しようなどと思ったことはない。支配も統治も面倒なだけである。ーー種族が違えば、特に。
疲労が濃い。魔力を消費しすぎたか。
目の前で倒れる男へ視線を向ける。腐っても勇者、ガラクタの剣で我にここまで深手を負わせるとは、大したものだ。部下であったならば、誉めて使わしたであろうに。
広間が、不審者の侵入を知らせる。魔術で建てられた城は、恐らくずっと警告を発していたのだろうに、気付かなかったというのは、我もまだまだだと言うことか。
広間の入り口に影が差し、男の高笑いが響いた。
ひきつったように笑うのは、壮年の男。痩せぎすで鶏ガラのようなのに、突き出た腹は大きく丸い。中年太り……という言葉が思わず浮かんだほどだ。隣に補佐官らしき深緑の詰襟を着た若い娘を侍らせておった。
娘は僅かの間男を見つめ、魔族ですら滅多に浮かべぬ邪悪な笑みを頬にのせた。ぞわりと全身が総毛立つのを感じて、この状況ですら自身の優位を疑わぬ男を哀れに思った。男よ、今、この場で一番の弱者は貴様であろうぞ。
「これで私こそが実権を握るのだ!魔王でも!勇者でもなく!この私が!!」
……なんと。
男は我が思うよりも愚かであるようだ。側付きの娘が何事か企んでいるとも気付かず、心底愉しげに笑っていられるとは。
よもやこれが、我が副官に散々言われた『余裕』というやつなのか!?
「なあ、あれって……」
「我は知らん」
勇者よ、思うことは同じか。『余裕』の男は、娘へと命じた。
「さあ、トドメを刺すのだ!」
「まさかの人任せ!?……かはっ」
勇者が思わずといった風に盛大に突っ込んだ。ついでに噎せて吐血する。
「阿呆が」
娘はぼそりとなにか呟いて、我らの方へ歩いてきた。細い両腕に、ガラクタではない聖剣と、魔術師の杖を抱えて。ほう、あの杖には魔力を増幅させる効果が付与されているではないか。なかなかの逸品であるな。
聖剣と杖を原型をとどめぬ程破壊し尽くされた床に刺して、娘は腰のポシェットを漁る。二本の瓶を取り出した娘は、にたぁ……と、下衆な笑みを浮かべて男を振り返った。
ビシャッと雑に振りかけられた液体は、すぐに体に吸収され、勇者との一戦で消耗した力がみるみる漲ってゆく。傷痕すら残さず回復した体は、昨日までとなんら変わりなく動かすことができるであろう。まさかこれは、噂に聞くあれではなかろうか?
「エリクサー……」
呆然と呟くと、勇者が瞠目した。「何をしている!」「裏切り者!」「傍に置いてやった恩を!」と男が吠える。なんと。負け犬の遠吠えをこの耳で聞く日が来ようとは。
男を鼻で笑って、娘はまだ起き上がれぬ我らに笑顔で言い放った。
「勇者サマ、魔王サマ、私、自分の主人くらい選びたいんですよね。セクハラパワハラモラハラその他色々耐えてきたんですが、最大の屈辱と絶望を感じさせた上でアイツに死んで欲しいので、協力してくれません?あ、終わったら魔王と勇者で殺しあってもいいし、魔族と人間について話し合っても良いんで」
「ほう?」
「ねえ、これ本物?オレ今まで偽物で魔王とやりあってたわけ?そりゃ死にかけるって」
面白い。『せくはらぱわはらもらはら』がなんのことやら解らぬが、乗ってやるのは吝かではないぞ。
起き上がった勇者が、聖剣を手に取る。二、三回素振りして構えるのを待って、勇者に声をかけた。
「支援はしてやる」
「任せろ!」
駆け出す勇者。娘はチラチラとこちらを期待を込めた目で見てくるが、知ったことではない。あの程度の塵芥、片付けるのは雑作もないが我は直すことは苦手なのだ。
透視するとポシェットにいくらか回復薬が入っているようだったので、娘を勇者の仲間の元へ投げ捨てる。
癒すなり殺すなり勝手にすればよい。
その間に、勇者は男に肉薄し、切りつけた。まずいな、このままでは展開する魔法に巻き込まれる。
敵としては厄介な勇者だが、味方とするならば心強い。みすみす死なせるには惜しい男なのだ。
「少し離れておけ」
勇者が撤退するのを待って、魔法を放つ。絹を引き裂くような悲鳴を残して、男は消滅した。
「片付いたな。あっけない」
「だねー。もうちょい強ければ楽しめたんだけど」
「端から強い者はこのような卑怯な手段なぞ使うまい」
「確かに」
昨日の敵は今日の友。勇者は話してみれば意外に話が分かるようだ。
「んで、これからどうする?続きやるってんなら付き合うぜ?」
「阿呆。せっかくのエリクサーを無駄にする気か。我はあの娘の下に下る。元より魔族とはそういうものだ」
我とて、魔族の中で一番強いからという理由で魔王と呼ばれておったに過ぎぬ。その我が認めるのだから、我に従う魔族全てが娘の手足となろう。
「なあ、じゃあさ……」
勇者の言葉に、我は瞠目した。
「国、興しちまわね?」
「国を?」
「そ。お前は魔王を辞めて、オレは勇者を辞める。んでふたりともあの子の下に着く。魔王と勇者が仲良くしてりゃ世界平和が成ったと思うヤツだっているだろうし、そうでなけりゃどっちかが相手を押さえ込んで使ってると勘違いしてくれる。ーーどうよ?」
「ふむ……悪くはないな。上に立つのがあの娘であれば、実力不足と侮られるやも知れぬが、それに関しては我らが粛正すれば良い話だ」
この男、意外と物を考える頭を持っていたらしい。我は勇者の提案に乗ることとした。
勇者とふたり、勇者の仲間の治療を終えて座り込む娘に手を差し出す。
「なんだ、私だったら生き地獄見せたのに…」
なんと。我が主は生き地獄をご所望か。しかし、あれだけ細切れにしてしまった後では、欠片を集めてくるだけで一苦労である。まあ良い、聞かなかったことにしよう。
「あのさぁ、魔王と話したんだけど、オレ勇者辞めるわ」
「はい?」
「私も貴様の軍門に下るのはやぶさかではない」
「えっとぉ……?」
勇者の言葉に、娘はあからさまな不信感を持ったようだ。否定の言葉が出ぬうちに、我も畳み掛けた。立ち上がらせた娘にふたりで頭を垂れ、これからの計画について説明する。
「我らで新しい国を作るのだ」
「もちろん、君が王様だよ!」
なにがどうしてこうなった!?
娘が声にならない悲鳴をあげた気がして、我は喉奥でクッと笑った。魔王を魅了したお主が悪いのだ。諦めて支えられるが良い。魔族の寿命は永い。勇者よりも永くーー末代まで可愛がってくれようぞ、我が主よ。
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