フィオナ嬢は普通に生きたい
「あなたなんてこの家の格式に相応しくないんですのよ!」
あれ、これってオトメゲームの世界で見たことがある!?
ばしゃーん!とテーブルの上にあった水をかけられたその時、フィオナは思い出した。
Quin of Princessと呼ばれるその界隈では伝説的なゲームがあった。ゲームの内容的には学園もので、オトメゲームらしく永遠のパートナーを見つける!というものだ。
何が伝説かと言われれば、そこに登場するキャラクターが皆曲者ぞろいなのだ。通常、ヒロインというだけでちやほやされることが多いオトメゲームが多い中で、この会社のゲームはとんでもねぇやつらばかり。見た目はいいのに中身が残念過ぎる!他のオトメゲームとは違い容赦なく殺そうとしてくるわ、痛めつけようとしてくるわ…。それはそれとして、ヒロインにも癖があった。他作品ではかなり「いい子ちゃん」が多いのにこの会社のヒロインはほぼ9割の確率で毒舌且つ性格悪いのだ。
「聞いてまして、フィオナ!」
責めるように響いた義姉の声にはっとする。金髪に薄氷色の瞳を持つフィオナと同じ年くらいの少女は腰に手をあて、こちらを見下ろす。
――このキャラも知っている。
リーシェ・アングロット。
フィオナの腹違いの姉である。このゲームの攻略キャラのうち一人の婚約者である。そうして、そのルートに乗っかるともれなく悪役令嬢として大活躍するキャラクター。だが、確か彼女がフィオナの邪魔をしてくるのは学園に入ってからだったはずだ。それまでははれ物に触るように、フィオナとは最低限度の付き合いだったはず…。
「そのままだと風邪をひいてしまいますからねっ!そ、そういえば大きめのバスタオルがそこの薔薇の生垣に飛んできたようですのよっ!腹違いの妹であるあなたなんて一度地面に落ちたタオルで十分ですわっ!」
ちょっと待て、なんか私の知っているリーシェ・アングロットと性格が違う。
もっとある意味で貴族らしい女性だったはずだ。性格もわりとキツめ…である。こんな風に中途半端な嫌がらせはしてこない。挙句の果てに彼女はちらっちらとこちらを見ている。
過去を少しさかのぼって思い出してみよう。
実母が死んでから私はこのアングロット家に来ることになった。父は仕事で忙しく、実際にアングロット家を取り仕切っているのは義母である。彼女は私に対して可もなく不可もない反応。義姉はというと何を思ったか、私に嫌がらせをしてくるようになった。
しかもその嫌がらせというのが「私の古着を押し付けますわっ!」とか「礼儀作法も出来てない平民の目の前で見せつけてやるのですわっ!」とかどう考えても嫌がらせとは言うよりもわりと親切対応なのである。だがしかしお礼を言うと「こ、これは嫌味ですの!?」と怒る…怒ってるのか、照れているのか絶妙な反応をされるという。
「も、もしかして、具合が悪いんですの?ど、どうしましょう、お医者様を呼びます?」
考え事をしていたせいで反応できずにいたフィオナは我に返った。どうにも考え事をすると他がおろそかになりがちである。義姉はフィオナの様子を見て慌てたように薔薇垣へと走っていくと、タオルを持ってきてフィオナに掛けた。
ふわりと良い匂いがする。
「薔薇の香り…?」
「!気がつきまして!?実はこれ、私の専用の柔軟剤を使用していますの!私、あなたとは違って天才なので調合なども出来るのです!ま、まぁ?あなたがどぉーーーしても!と仰るなら別けてさしあげなくもなくもないけど」
どっちやねんっ!って突っ込まなかった私はよく我慢したと思う。それにしても、この人の反応は何だ?嫌がらせをしようとして、しきれていない。悪意を持たれているように思われたいのか。……何の意図をもって?そもそも、なんというか、
「……ツンデレ?」
「え」
私の頭をごしごしと拭っていたリーシェが顔をあげた。それから不服そうに「私のどこがツンデレですの!?」と眉を吊り上げる。
「私、別にデレてませんわっ!これは所謂、悪役令嬢として嗜み!」
「……」
おいおーい、ちょっと待って?と私は目を半眼にした。悪役令嬢とかツンデレとかそういう単語はこの世界には存在していない。まぁ、もしかしたらどこかに存在しているかもしれないが、そんな下種な単語をお貴族様が自然と口にするわけがないのだ。
彼女が私に嫌がらせをした理由。とある仮説が頭に浮かぶ。
「お姉さま」
「なんですのっ」
私が真顔でリーシェを見つめれば、彼女は少しばかり後ろに体を引いた。どうやら、今まで大人しくしていたから反撃されると思ったらしい。
「攻めの反対は何ですか」
「攻めの反対」
リーシェは鸚鵡返しした。それから、ふっとこちらを勝ち誇った顔をして見る。
「そんな簡単な問題に引っかかるのはレベル初級ですわっ!答えは〝守り〟ですっ!」
自信満々に響いた答えにフィオナは額を抑えた。
ビンゴ。どうやらこのリーシェもフィオナと同じく前世からの記憶持ちである。