大賢者なる者の運命
30歳まで童貞だと大賢者になる…。
こんな都市伝説を聞いたことがないだろうか?
童貞が世に溢れていた時代…。
今より少し昔の話になるのかな?
ある時は畏敬の念を込めて、またある時には軽蔑の意を含んで、まことしやかにささやかれていた噂である。
当時は多くの場合雑談のネタにしかならない噂ではあったが、更に続きがあったんだ。
「大賢者になりし者には、この世界を統べし魔法—————『チャーム』なる禁忌魔術————の修得が可能である」
端的に言うならば、ハーレムをつくりだすことができるのだ。ハーレム…なんて甘美な響きなんだろう。
キュートな小学生に朝目覚めのキスをしてもらい、クール系のお姉さんと登校デート。
学校ではドジッ子クラスメイトとイチャイチャした後帰宅する。
そこで待ち受けるは、ツンデレ妹の罵倒。
興奮冷めやらぬまま、おっとり系お母さんの上手い料理を食べる。
そんな退廃的な生活を送りたい。男ならそんな願望を持つのは当然である。
けれども、こうした噂は15年前には語られることがきれいさっぱりなくなった。いや、正しく言うならばその必要がなくなったか。
俗に言う「恋愛成就促進法」の制定である。
かつては自由恋愛至上主義の風潮があったためか、そもそも政府が国民の恋愛に干渉するなんて考えられることすらなかった。
ただ、そうした主義主張は時代の流れともにぼろぼろと綻び始めていった。
自由恋愛を認めるということは、恋愛するもしないも個人に委ねるということ。
その結果、晩婚化が進み少子高齢化という問題が急速に浮上した。
この問題を解決すべく急激に勢力を伸ばした派閥-恋愛促進委員会-は、議会に対して『政府が国民の恋愛に干渉する必要性』を説いた。
当然、他の議員からは大バッシングを受ける。
彼らの弁を借りるならば、「政府が恋愛に関与しても誰も幸せにならない」と。
多くの者は頷く。相性の良い悪いは当事者にしか分からない。だから、相性を度外視して、部外者が介入するなんてナンセンスであると。
だが、一人の男が壇上に上がりタブレットを取り出して語った一言により、風向きが180度変わった。
「ここに生涯のパートナーが一瞬で算出されるアプリがあったら、どう思いますか?」
そんなわけで、生涯のパートナーが一瞬で算出される装置、いわゆるLPMA(Lifelong Partner Matching Application:生涯パートナーマッチングアプリケーション)の絶大な後押しもあり、恋愛成就促進法は瞬く間に可決された。
このような目まぐるしい貢献を行ったLPMAなのにだ…。
何で俺のパートナーを算出しようとすると、毎回エラーになるんだよ?!
俺には相性の良いパートナーなんていないってか?
ああ。そう。そっちがその気ならこっちにも考えがありますよ。
ええ、ありますよ。とっておきの策がね。
恋人いない歴=年齢の俺にとって、あと1年なんて些細な時間だ。噂の大賢者様とやらになってやるよ。そんでもって、この世界に復讐してやろう。
うん。もうこれしかない。
ってか逆説的に考えると、大賢者になる宿命にあったゆえに、残り1年間貞操を守る義務があったということだ。
だから、悔しくなんて…。悔しくなんて…。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
「お客様当店ではお静かにお願いしまーす」
机を挟んで真向かいに座る若い受付嬢からたしなめられるは、一人の青年。
「すいません。取り乱しました」
自らの心境を吐露してしまったことを反省しながら、天宮功は立ち上がった反動で倒れた椅子を元に戻す。功に冷ややかな視線を送りながら、ため息をつく受付嬢。
彼らがいるのは、恋愛成就促進法の可決と共に建造された高層ビルである。ここでは、LPMAによる恋愛診断テストを始め、合コンのようなイベント、デートのプランや夜の営みのテクニックに関する相談、そして成婚後の家族計画に至るまで、恋愛に関係するありとあらゆることが行われていた。
その中で、功と受付嬢が今いるのは2階のスペース。初めてこの建物を訪れた人が案内されるところである。
顧客のプライバシー保護のため、完全防音になった個室には彼ら以外の者はいない。
功は現在進行形で、LPMAによる恋人診断テストを受けている最中なのだが…。
「あれぇ。またエラーですかぁ…。こんなこと今までなかったのにぃ」
戸惑いながら、受付嬢は手元のパソコンを操作する。このパソコンは功の手元にあるタブレットからのデータを受け取り解析するものであるはずなのだが、おかしなことに先ほどから3連続で『エラー』の文字が出ている。
「LPMAの精度は政府の御墨付きですよ?そんなハイテクアイテムが連続エラーを出すとは考えられないんですよね。ここまでくると、天宮さんの提示した条件がエラーの原因としか思えないんですけどぉ?」
「いやいや、俺の条件至って普通のことしか書いていないですよ。ほら見てください」
相手に求める条件についての詳細が記された電子画面を受付嬢に見やすいようにしながら、熱を持った声で青年は主張する。
「あ、間に合ってますので。お客様の趣味趣向は私どもの関与するところではないです。ちょっ…っと、タブレットを渡そうとしなくていいですって」
「まあまあそう言わず。見てくださいって。そんでもって女性目線でのアドバイスも是非お願いします」
げんなりしながらも、青年の熱意に根負けした女性はタブレットを受け取ってしまう。
「えーっと、随分沢山書いてありますね…。この時点で、もうお腹いっぱいなんですけどぉ…。」
ちらりと視線を功に向ける彼女だったが、無言の笑顔で先を促される謎のプレッシャーにより再び画面に視線を落とす。
「身長は自分より少し低いくらいで、黒髪のショートボブ。顔はクール系の顔立ちだけど、笑うとえくぼができてかわいい。あー、男性ってこうゆうタイプ好きそうですもんね。具体的には、アニメキャラの小向南と、伊里中里香を足して2で割ったタイプ。へー。胸のサイズは全く気にしません。大きいならなお良し…。ただし、全体のバランスを維持できる大きさの範囲で。性格は優しくて気立てがよい。一歩引いたところから支えてくれる。けれども、時折大人な感じでからかってきてイチャイチャできるのを希望。例えば、後ろから肩を叩かれて振り向いたら、彼女に笑顔でほっぺを人差し指でつつかれるとかすごく憧れる。うわぁ…まだ続くんだ。」
彼女は額を抑えながら、仕事と割り切って電子書面に記載された希望を全て読み終えると一言言い放った。
「これは、正直ないです」
全否定でした。
「そんなバカな…」
驚愕な表情を浮かべた青年は、女性を問い詰める。
「理由を、理由を教えてください!!何が、一体何が悪いんですか?!」
「まず、顔のタイプについてです」
「え、普通に好みのタイプ書いただけですよ。今期の一押しのアニメに出てくるヒロインの二人です。知りませんか?」
「いえ、私も仕事柄そのアニメは知っていますよぉ。こちらに以前お越し頂くお客様が、おすすめされますので。ですが、」
「ああ、もしかして、早奈美派だったりします?確かに彼女も捨てがたいんですよね。ただどちらも…」
「はい。もう結構ですよぉ。お口チャックでお願いしまーす。顔のタイプはひとまず脇に置いておきましょう。次に、胸のサイズについて…」
そう言って言葉を切った受付嬢は、一度視線を自分の胸元に向けた。やや控えめな胸元にだ。
不穏な空気をいち早く感じ取った功は話題転換を図る。
「そ、それはさておき、性格の希望に関しては問題ないはずですよ」
「ご指摘の通り、性格面では問題ないですが、その後に書いてある『イチャイチャしたい』って…。具体的なシチュエーションまで書いたのは天宮さんが初めてです」
えへへと、後頭部に手のひらをあてる青年。
「いや褒めてないですよ?まぁ、百歩譲って今お話したところを良しとしましょう。こんな仕事しているぐらいですからぁ。あなた以外にも似たような希望をされた人はいますとも。でも、この項目は何ですか?!」
彼女が指し示すは、自由記述の箇所である。
待っていましたとばかりの表情で功は語り出す。
「彼女との馴れ初めに決まっているじゃないですか。フラグ回収というやつですよ。小さい頃の約束が大きくなって再会した時に果たされる。恋愛の王道ですよね?」
受付嬢は顔面に笑顔を張り付けながら、功に確認をとる。
「そもそも小さい頃に女性とそんな約束したんですか?」
「いえしてませんけど?」
「してないのかよっ!全て謎が解けましたよ!架空のパートナーをLPMAで算出できるわけないじゃないですかっ!!過去を捻じ曲げる装置じゃないんですよ?!」
矢継ぎ早にツッコミを入れた受付嬢に対し、我が道を行くそれが天宮功の流儀である。
「わかりました。修正したらまた来ますので、その時はよろしくお願いします」
「ありがとうございました。二度と来ないでください♡」
この時の功はまだ自らの宿命をまだ知らない…。