第4話 プログラマ、どん底から帰還をする。
俺はまず戦略を立てることにした。
現在俺がいるのは洞窟だ。
地割れによって運悪く洞窟の中に落ちてしまったのである。
洞窟には強い魔力が集まり、魔物を変質させ、強くする。そのため魔物たちはおそらく地上にいるときよりも強くなっている。
しかも厄介なのはその数である。
俺が目視で確認した中でもこの洞窟に落ちた魔物は1000体を優に超えるだろう。
そして今俺が起きた場所は洞窟の風穴である。
ここには水が滴っており、最低限水には困らない。そこで俺はとりあえずの行動拠点をここにしようと考えている。あの女神の言う通り、もし俺の周りに俺が認識しているより多くの敵がいたとすると、このままノコノコと出ていったとしても即殺されるのがオチだろう。
そもそもまず俺の欠点は魔術についての知識が圧倒的に足りないということ、そして魔力の上限が分からないということにある。
その為にはまず魔術の発動方法を確立し、魔力上限を知ることが重要だ。
俺はまず目の前にある岩に向かって呪文を唱えてみる。
<大いなる水の泡沫よ、解き放て!>
やはり発動しない。
呪文の具体的な発動イメージをつかめていないので使えないのだ。
次に水のカタマリが成長していく様を考える。
すると右手にだんだんと血が流れていくような感覚が走る。
もう少し。
なかなか集中が続かない。
無理やり空気中の水分をかき集める。
離れていこうとする水滴に力をかける。
水滴を集める。
凝結。中学校の理科で習った現象だ。水滴の周りから魔力を取り払うイメージを作ってエネルギーを奪い去る。
だんだんと水滴が集まり、水のカタマリが成長してゆく。
水鉄砲だ。水鉄砲のイメージで水を無理やり押し込める。
破裂しそうな水に力をかけながら前に意識を持ってくる。
だーん!!
どうやら成功したようだ。
前の岩が木っ端微塵に砕け散る。
俺は達成感でいっぱいになり、ガッツポーズをする。久しぶりの感触だ。自分の力で成し遂げるというのは嬉しいものだ。
瞑っていた目を開ける。
「あっ、あっ……」
俺がその後目の当たりにした光景は想像を絶するものだった。
目の前には自分の開けた大穴がある。そしてそこからはざっと数えるだけでも3000体の魔物が顔を覗かせて、格好の獲物を見つけたかのように唸っている。
「あっ、あっ……あああああああ!」
俺は全力で逃げる。
こんなに壁が薄いものだとは思っていなかった。完全に予想外だ。エクセプションだ。やばい。俺は直感的にその状況を理解する。
必死に逃げて逃げて逃げまくる。
後ろからは凄まじい熱気と殺意を感じる。
「グルルルルルル」
「がぁぁぁ!」
道なき道を走りまくる。怖い。怖い。
これはただの幻想ではないのだ。ゲームの中ではない。
ゲームのように死んだら生き返ることができるわけではないのだ。俺はもう二度と、本当に生き返ることはできないだろう。
カツン。
詰んだ。
行き止まりだ。もうこの先に俺が逃げることのできる道はない。俺は本当に終わったのだ。
考えてみたら情けないな。生き返って、今度こそは後悔しないように生きていこうと考えていたのに、こんな終わり方をするのか。
後ろから凄まじい殺気を感じる。
俺は女神と何を約束した?
「前世でまだのうのうと生きている、人を蹴落とすことでしか心を満たせない、それでいて悔いも何もなく死んでいくような奴らを見返してやりなさい」
そんな女神の言葉が脳裏をよぎる。
そうだ。俺がここで死んだらどうなる?あいつらに負けることになるのだ。それでいいのか俺?
後悔しないように堅く硬く決心したじゃないか。
そう思った瞬間、俺の中でスイッチが入った。
「俺はお前たちみたいなやつに負けねぇぇぇ!!!!」
気が付くとそう言って駆け出していた。
右手に鋭利な刃物をイメージする。右手に熱いものが流れていくような感覚に襲われる。
死に物狂いで右手を振り回す。
「おらああああああ!」
そう言って死ぬ気で走る。
逃げる方向にではない。
立ち向かう方向にだ。
俺はもう逃げない。何としてでも生き延びてやる。
「ぎゃああああ!」
「うがぁぁぁぁ!」
断末魔が聞こえる。
攻撃を喰らうが痛くない。
いつもの冷静で物静かで慎重で、ブサイクでのろまでいじめられっ子の弱虫はそこにはもういない。
守は魔物たちの攻撃を喰らう。それでも平気な顔をして、前に、前に大量の敵を倒しながら進む。
静寂。
いつの間にかすべての魔物の群れは死に絶えていた。
そしてその中心にはボロボロになった守が立っていた。
「ははっ……。ほら、見てたか女神?俺はそんな簡単には死なないぞ。」
そうとだけ言って、その青年は意識を失いばったりと倒れた。
◇
血生臭いにおい。
嫌な予感が頭をよぎる。
私、ティアはヴェルードから絶対に町に居ろと言われていたが居ても立っても居られず救援隊についてきていた。
その地割れは洞窟に繋がっていた。それだけで嫌な予感がする。洞窟には魔力が溢れており、そのせいで魔物は異常に強化される。
そしてこの嫌な臭い。おそらく魔物の血の臭いだ。そう思いたい。
決して一人の人間の血の臭いでないことを祈る。
守さんは大丈夫だ。彼ならきっと、きっと大丈夫だ。生き延びているはずだ。私が尊敬し、一目惚れしてしまったのだ。そんな彼なら……
すると隊列が真ん中で分かれる。
「まっ、守さんっ!!!!!!!」
私はそう言って駆け出す。
そこにはボロボロになって倒れている人間がいる。
嘘だ嘘だ嘘だ。彼なら大丈夫だと思っていたのに。
私は泣きじゃくりながら守さんに縋りつく。
「起きてください!!起きて!なんでなんでなんで!」
「守さん守さん!!!!」
◇
「また面白い展開が見れちゃった。」
そう俺に言ってくるのはあの女神だ。
「やればできるじゃない、格好良かったわよ、あなた。」
ふん、こんなの聞いていないぞ、女神。
「そうでしょうね。私も予想外だったわ。ぷぷっ。まさか実験とか言って水魔法をぶっ放して、挙句の果てには魔物の群れに襲われるなんて。プログラマ失格ね。」
お前はプログラマをなんだと思ってるんだ。プログラマだってミスはするんだぞ。
「最高にダサくて最高に人間ぽっかったわ。やっぱりあなたには飽きないわね。」
うるさいぞ女神。ダサいとはなんだ。
「まあいいじゃない。最後は格好良く終わったんだから。」
ふんっ。勝手にしろ。
「何かあなた冷たくなったわね。極限状態に追い詰められて性格が変わったの?」
ああ。楽に生きるために弱い振りをしなくてもいいって気づいたからな。
「それは立派な成長ね。もう楽に生きるのは止めたの?」
いや、それは止めないぞ。俺は楽するぞ。
「はいはい、プログラマの常識、楽するために苦労する、でしょう?」
ああそうだ。でもなるべくなら苦労もしたくないな。
「まあ、それはどうかしらね?」
なんだその意味ありげな言い方は。
「あとそろそろ彼女さんがかわいそうだから目覚めてあげなさい。」
彼女さん?そんな奴、お前もご存知の通りいないはずだぞ。
「あ~あティアちゃん可哀そう。振られちゃったのかなぁ。ま、あなたもせいぜい答えてあげなさい。」
そう女神は言い残し、俺の意識は覚醒に向かっていった。
◇
俺はゆっくりと起き上がり、周りを見渡す。
柔らかい。何故だ?
そう思い、周りを見渡す。
「あっ、あっ、、、守さんっ!!!!!」
そう言っていきなりティアが縋りついてくる。ありがたやありがたや。俺はティアの膝枕で寝ていたのか。
「何心配させてるんですか?何私を独りぼっちにして無茶してるんですか?何魔物3000体も相手に戦ってるんですか?」
バカバカバカ。
そう言ってティアは俺をポカポカと叩く。
しょうがないじゃないか。そうせざるを得なかったんだ。
「心配したんですよ?ほんとに。もう二度と一人であんな風に飛び込んで行ったりしないでくださいね!」
そう言ってなぜかティアは泣きじゃくりながら怒る。
「でも、よかった。本当に無事で。」
そうティアは言ってほほ笑む。
「おおお!勇者が起き上がったぞ!!」
「守、だったかな?よく生き残った!お前は漢の中の漢だ!」
「今日は祝杯だぁぁ!飲むぞぉぉぉ!」
「ティア様がとられていけ好かないがティア様が嬉しそうでよかった!!」
そう言ってティアの後ろにいた男衆が叫ぶ。
そうして俺は、この地獄のような洞窟から生還することに成功したのだ。
△
後日談。
俺は救援隊と一緒に地上に戻った。
日差しがまぶしい。2日ぶりに地上に戻って来たのだから当然だ。
俺はどうやらあの極限状態の時、ほぼ気絶しながら丸二日戦い続けていたのだそうだ。
そして俺が大穴に落ちる様子を目撃したティアは凄まじいカリスマ性でギルドの屈強な男たちを集め、すぐさま救援隊として送り込んだらしい。
最初は地下には潜らず地上で救援隊の知らせを待つ予定だったのだそうだが、どうしても我慢ができず救援隊についてきたのだそうだ。
あの時、ティアたち救援隊たちが来なかったら俺は助からなかっただろう。
ティアのおかげだ。
そして俺も変わった。
いじめられっ子で弱虫だった俺はここにはいない。
そんな俺は改めて決心する。
今度こそこの世界で後悔しないように生きていこう
と。
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次回は4/17に投稿します。