第2話 プログラマ、魔術を知る。
前回のあらすじ
プログラマ井上守は働きすぎによる疲労から、ぼおっとしていたところを自動車に轢かれてその人生の幕を閉じる。彼は死後「後悔の女神」と相対し、もう一度だけ、悔いの残らない毎日を過ごすことを決心する。
俺は今、街を一目で見渡せる高台の野原にある大木の木陰で日向ぼっこ、いや日蔭ぼっこをしているのだ。基本的に日向よりも日蔭のほうが好きだ。日差しが当たらずちょうどいい具合に涼しくて気持ちが良い。
それに日向というのは何かと嫌なものだ。風当りが強いし陽の目を浴びる。
ばしゃーん
いきなり俺の目の前が暗くなる。俺は慌てて起き上がった。
中学生の頃、水を掛けられていじめられた事を思い出す。少し怖くなった。そして悔しかったのに言い返せなかった自分が情けない。
「あ、あの、大丈夫ですか?申し訳ありません、私てっきり岩が転がっているのかと思って、魔術の練習をする的にしてしまいました!本当にごめんなさい!」
そんな突っ込みどころ満載な謝罪をしながら俺を見上げてきたのは14、5くらいの美少女だった。俺は少し安心する。
「ああ、大丈夫だ。確かに俺は岩じゃないから水を思いっきりかけられたら窒息死するな。」
という返しをしながら俺は内心で噴き出していた。もし今の言動を14、5くらいの少年が言っていたらはっきりと笑い返していただろう。
「魔術ってなんだ?」
中二病もいいところだ。魔術なんて存在するわけがなかろう。
「あなた、魔術を知らないんですか?」
そういって今度はその少女が噴き出しそうな口調で言った。
「それはそうだろ?魔術なんて存在するわけないんだ。そもそも考えてみろ。あんな物理法則を無視したようなもの、存在してたまるか。後で後悔しても遅いぞ。一回貼られたレッテルは剥がれないからな。お前にはわからないだろうがな。」
と俺は自分の経験則を交えて饒舌に語る。
あれは俺が中学二年生の時、アレは非常に厄介であり、しかも今思い出しても赤面するような思い出だ。
中二病
それは恐ろしい病だ。俺のようにアレのせいでクラスのどん底を這いつくばるような経験をするハメになる。今のうちにやめさせておかないと。
「やめておけ。そういうのは。」
そう俺がぶっきらぼう言うと少女は不思議そうな顔をしながら、こうやるんですよと言って俺の目の前に右手をかざして唱えた。
<大いなる水の泡沫よ、解き放て!>
俺は大量の水とともに吹き飛ばされた。
「あ、すいません!うーん、やっぱり威力の調節は難しいなぁ~」
いたたた……他人の顔の目の前でぶっ放すとは……
「これでわかりましたか?実際に魔術は存在するのです!というか人口の半分は魔術の使い手、魔術師なんです。そして私はそんな魔術者の端くれ、ラスティア様です!ティア、って呼んでください!」
そういってその少女はえっへんとえばるようなポーズを見せてからそのまま後ろにずっこけた。
完全に端くれの使い方を間違えているような気がするが、俺は少し歓喜した。前世では一応これでもゲームクリエイターをしていたのだ。こんな状況、興奮するに決まっている。
そして俺はあの中学二年生の頃の久しぶりな感覚に、何故だかとてもわくわくしていた。
「じゃあ、ラスティア様はその魔術の使い手なんだな。俺の名前は守だ。よろしく頼む。」
そう俺は声をかけて、少女を起こした。
◇
「その、もしよかったら魔術を教えてくれないか?」
俺は少しためらいながらこう言った。やはり魔術とはっきり口に出すのは少し恥ずかしい。
「ではまず土属性の魔術をやってみましょう」
そう言ってティアは
<土のマナよ、一つになりて土塊となれ、アースマス!>
と唱えた。
すると前の地面が隆起し、土の塊が作られた。
「こんな風に呪文を詠唱することで魔術は発動するんです。守さんもやってみてください。」
俺もやってみよう。深呼吸をして、大丈夫だ。
<土のマナよ、一つになりて土塊となれ、アースマス!>
…
……
何も起こらない。
ティアの方を見ると、少し残念そうな顔をしながら「ま、まあ、土属性の魔術に適正がなかったんでしょうね。心配しなくても大丈夫ですよ。じゃあ他の属性で試してみましょう!」と言った。
結果から言おう。俺はまったく魔術を発動することができなかった。
おかしい、おかしすぎる。
女神はやはり俺のことをおちょくっていただけなのか?
この世界でも俺は落ちこぼれで、腫物みたいに扱われなければならないのか?
そう思うと悲しくなってきた。
ティアの方を見る。
ティアもさすがに何も使えない、とは思っていなかったようだ。
「だ、大丈夫ですよ。練習すればできるようになるかもしれませんし。」
と言いながら目が泳いでいる。
おそらく絶望的なのだろう。
どうすればいい?何が足りない?どうすればできる?
そう考えていた時のことだった。
ゴゴゴゴ
その地鳴りの様な音は突如として響いた。
「何事だ!? 」
「ま、魔物の群れの襲来みたいです!なんでこんな時に!」
「逃げ切れるか?」
「……この速度だとあと1分後にはこちらへ到達します……」
そうティアは言って絶望を露わにした。
「くるぞ!」
「女子供を優先的に避難させろ!」
「もうだめだ!」
「終わったな……」
そんな声を聞きながら俺は考える。
考えろ。
何か打開策はないか。
何か。何か。
■■■
「期待していますよ。是非、私を楽しませてくださいね。」
違う!何が楽しみだ!
「あなたにはとびっきりのプレゼントを用意しましたから。」
プレゼント?そんなもの、今まで一つもなかっただろう?
「逆に想像してみてください。私があなたにとびっきりのプレゼントを用意したんですよ?」
何がとびっきりだ。
…
……
いや待てよ?逆に?「想像してみてください」を逆にして考えてみよう。
「とびっきりのプレゼントを想像してみてください。」
それだ。
確率は低いが、やってみる価値はある。
想像するんだ。俺が欲しいもの。プレゼントして欲しいもの。
俺は守りたい。目の前にいる少女、ここにいる人、無駄死にさせたくないんだ。
俺は、守るんだ。
それは突如として起こった。
目の前の地面が大きく割れ、土雪崩が起きた。
大量にいた魔物は大きな地面の割れ目に飲み込まれ、割れ目に吸い込まれていった。
そんな壮観な光景を目の当たりにして、俺はあっけにとられていた。
「守さん!!!!!」
そう言うティアの声でふと我に返った。
「えっ?」
そう声を出した瞬間、俺の立っていた地面は割れ、俺は魔物たちが落ちていった大きな穴の中に落ちていった。
◇
「ほんっと、君って危なっかしいよね」
誰だ?
「私よ。君を導いた女神。」
ああ、お前か。お前が見えるっとことは俺は死んだってことなんだな?
「いいえ、あなたは今、死ぬ一歩手前で踏みとどまっているのよ。だから私もこうして話しかけられるの。あなた、本当に何も覚えてないの?」
残念ながらな。穴に落ちていくところまでだ。
「まさかねぇ。あんな魔術を使えるようになるなんて。」
ちょっと待て。俺は魔術が使えなかったんだぞ。そのせいでティアにも失望されたんだ。
「はははっ。それは呪文を発動できなかったのでしょう?」
呪文?
「そう。呪文っていうのはいわばイメージを膨らませるための道具の一種なのよ。この世界の人は小さいころから呪文で魔術が発動する光景を目にしているでしょう?だから呪文を唱えると魔術が発動するの。」
「でもあなたの場合は別。呪文を唱えてもイメージはつかめないでしょう?」
だから、逆に想像してみて、なんて言っていたのか。
「ばれちゃった?でも助かったでしょう?」
ああ。じゃああの地割れは俺がやったっていうのか?
「ええ。そうよ。あなたがティアさんを本当に守りたかった。だからあなたの無意識下でのイメージが表層化したんでしょうね。」
ティアや町のみんなは大丈夫だったのか?
「ええ。あの後魔物たちはすべて穴に落ちてしまったし、ティアさんや町の人たちはそのおかげで全員助かったわ。」
よかった。
「でも、あなたが落とした魔物のせいであなたの周りには魔物がうじゃうじゃいるみたいよ。」
えっ?
「あなたなら大丈夫よ。自分の力でこの穴の底から這い上がってみなさい。」
今回も期待しているよいるよいるよ……
と女神の声がエコーして俺の意識は覚醒に向かっていった。
◇
ポタポタポタ
水の音とともに俺は目を覚ます。
そして俺はゆっくりと起き上がる。
あの女神、好き勝手言いやがって。
しかし俺は確かに燃えていた。見返してやる。絶対魔術が使えるようになってやる。
そして俺は、「絶対に自分の力でこの穴から這い上がってやるんだ」と言って、改めて決心した。
今度こそこの世界で後悔しないように生きていこう
と。
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