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くろねこ風紀録  作者: F.Koshiba
第8話 春に嵐が訪れて
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5.ニューフェイス

 終業後、帰り支度をした俺は昇降口を出て、駐輪場へ向かう前に約束の校舎裏へと赴いた。

 文化祭の時とは校内の雰囲気が全く違うけれど、北原は指定した場所にちゃんと来られるだろうか。そんな考え事をしていて注意散漫で校舎の角を曲がった途端、何かに蹴つまずいた。

「わっ……!」

「いって!」

 俺を蹴つまずかせた『彼』も声を上げる。のめって倒れそうになったのを堪えて振り返り、そこにしゃがんでいた人物を目にする。

「徳永先輩!」

「うっわバカ! でけえ声で呼――」

 徳永先輩は慌てて俺の口を塞ぎ、下へ引っ張って屈ませようとしてきた。が、遅かった。

「いたぁ! 兄貴ィ!」

 がらりと開いた、すぐ頭上にある校舎の窓。徳永先輩は仰々しい溜め息と共に、俺から手を離してその場にへたり込んだ。

「……アニ、キ?」

 窓から顔を出した生徒を見やる。彼は何のためらいもなく窓枠を乗り越え、上履きのまま土の上に降り立った。

「はー、やっと見つけられて良かったです!」

「なんも良かねえ……」

 俺は随分と参っている様子の徳永先輩に尋ねる。

「かくれんぼ、してたんですか?」

「付き纏われてんだよ、あーうぜえ」

 新入生と思しき少年と、徳永先輩。この二人の関係が俺には分からない――と、思いきや。

「あれ……?」

 小柄でくせ毛。見覚えがあると気づいた時、俺と待ち合わせしていた北原が息急いて到着した。

「高峰先輩! すみません、先に来て待ってるつもりだったのに遅くなってしまって――」

 徳永先輩の追っかけ少年が、誰よりも先に彼女の名を口にした。

「え、舞花?」

 驚いた北原は、詫びて下げていた頭を上げる。

飛鳥あすか! 何してるの、やだそれ上履き!」

 北原の方も少年の名を呼んだ。そして彼等以上に驚いたのは、並び立つ彼等を前にした俺と徳永先輩だ。

「――あ!」

 瓜二つとまではいかないが、血縁とすぐに分かるくらい顔が似ていた。俺も徳永先輩も、先月に桜の木から降りられなくなっていたこの少年と何処かで会った事があるように感じたのは、彼に北原舞花の面差しを見て取ったためだと納得する。

 北原は俺達の反応から察して、改めて自身と少年とを紹介してくれた。

「えっと、私達双子なんです。私は舞花、こっちは弟の飛鳥で――」 

北原飛鳥きたはら・あすかです! そういやまだちゃんと名乗ってませんでした、以後よろしくお願いします兄貴!」

 私服の時みたいな外見的ちゃらさを取っ払った彼の中身が、こうも一途で純真だったとは。飛鳥の意気揚々とした挨拶と眼差しを、しかし徳永先輩は露骨に避ける。

「……とりあえずその兄貴とかいう意味わかんねえ呼び方やめろ。マジで殴るぞ」

「えーでも兄貴は兄貴だし……。それに兄貴から貰えるものなら拳だって何だってありがたく受け取る覚悟なんで! 何べんも言いますけど、こっちもそこはマジなんで!」

 そんな熱意への理解不足は承知の上で、俺は控え目に提言する。

「普通に『先輩』でいいんじゃ?」

「そっちのがまだいいっつーか、マシっつーか……」

 徳永先輩が僅かながら示した貴重な是の反応に、彼は即食いつく。

「いい……いい? じゃあ先輩って呼べば傍に居ていいんですね! 分かりました先輩っ! 徳永先輩! 何処までも着いて行きます!」

「傍に居ていいとまでは言ってねえだろうがよ! 何処にも着いてくんな!」

 どうも徳永先輩は『殴られていい、むしろ殴れ』という気構えで接してくる者にはめっぽう弱いみたいだ。これまで牧村先輩の他にいなかった不慣れなタイプに、すっかり振り回されている。

 横から口を挟んだ事で、飛鳥の注意がふと俺に向く。

「ん? 舞花、さっきそっちの人を高峰先輩って呼んでたな。もしかして、『例の』?」

「そう、こちらが高峰考史郎先輩。飛鳥が言ってた『例の』方は……そちらの徳永先輩ね」

「うん」

 どうやら二人は入学前より俺と徳永先輩についての話を交わしていたようで、互いに初めて会う方――北原舞花は徳永先輩を、北原飛鳥は俺を、まじまじと観察し始める。徳永先輩は去年の文化祭の時、俺と話していた北原を物陰から見て知っていたけれど、彼女の方は彼を全く知らない。

「この学校って、髪、染めてもいいんでしたっけ?」

 俺は度肝を抜かれた。徳永先輩も同じく、加えて返答に詰まるなんて珍しい姿を晒す。彼女が初対面の徳永先輩に怪訝な表情でそのような事を堂々と問えたのは、空手で身につけた腕っ節の強さがある故か。殴られるのを恐れず、徳永先輩を翻弄し得る人間がここにも一人。

 そして怪訝な表情をされたのは先輩だけではなかった。

「フウキ……風紀、委員……?」

 飛鳥は、俺の名札の上部にある委員ピンバッジを凝視していた。

「高峰先輩、風紀委員長なんですよね」

 北原に言われて、俺は頷く。

「正式には五月からだけど」

 すると飛鳥が急に態度を変え、突っ掛かってきた。

「へーえ? で、風紀委員長なんかがどうして兄貴――じゃなくて先輩と喋ってんの? 先輩にイチャモンつけに来たわけ?」

 狼狽する北原。

「ちょ、ちょっと飛鳥やめてよ、いきなり失礼でしょ! すみません高峰先輩……!」

 飛鳥は俺の事を、尊敬する徳永先輩の敵と捉えたらしい。風紀委員長と校則違反の生徒、の関係上そう受け取られるのは分からないでもないが、姉弟揃って思い込みが強い傾向を感じた。

「……俺に風紀委員のダチがいちゃ悪いかよ」

「えっ」

 徳永先輩が憮然と言ったそれに、北原達はぽかんとする。俺は俺で、先輩が自分を『ダチ』と位置づけてくれていた事にびっくりしつつ、嬉しく思った。

「――お友達なんですかあ!」

 ぴったり声を揃え、よく似た顔を同じように輝かせる姉弟。

「高峰先輩のお友達なら、ひとまず安心……」

「徳永先輩に認められてるなら、信頼できるな……」

 おのおの呟いて、何やら安堵していた。飛鳥は徳永先輩へと向き直る。

「さ、挨拶も済んだし、そろそろ一緒に帰りましょう先輩」

「はア? 何でてめえと帰んなきゃなんねえんだよ」

 邪険にされても、彼はお構いなしに距離を詰める。

「俺、部屋借りてこの町に住み始めたんです! だからそこに招待したくて」

 予想外の話が飛び出し、俺は北原に尋ねる。

「引っ越して来たのか?」

「ちょっと事情があって、飛鳥だけ高校卒業までの三年間、葦沢町で一人暮らしするんです。週に一度は親が様子を見に来ますし、私も時々寄りますけど……。あ、良かったら高峰先輩もこれから一緒に来てくださいませんか?」

「俺も、先輩と?」

 皆に視線を寄越されると、徳永先輩は突っぱねた。

「勝手に行けよ。俺は関係ねえ」

 背を向けた彼を呼び止めたのは、姉の北原の方。

「あの! 飛鳥を助けてくださったそうで、ありがとうございました。受験前に一人で葦沢高校の場所を確かめに来て、怖い集団に囲まれてしまったところを助けられたと聞いています。以来、飛鳥は徳永先輩をすごく尊敬していて――」

 その怖い集団とは、ユキチ一家と俺の事か……と猫を怖れて木にしがみついていたあの日の彼を思い出す。

「――それでご迷惑なのはよく分かっているのですが、その、一度お礼がしたくて。今日だけでも、飛鳥の家まで帰りをご一緒して頂けませんか? 越して来たばかりですけど、お茶とお菓子はきちんとご用意できますので」

 徳永先輩が気だるそうに振り向く。

「……今日だけ、っつったな?」

 飛鳥は慌てる。

「おいこら舞花! なに勝手に限定――」

「……あんたは黙ってなサイ」

 北原は徳永先輩に対する弟の無礼に、相当切れていた。静かに凄む彼女の迫力たるや、彼だけでなく俺と徳永先輩まで怯まされたほど。今ここにいる顔触れで戦ったとしたら、最も強いのは間違いなく彼女だ。

「駄目、ですか?」

 真摯に願う彼女に、やがて徳永先輩は折れた。

「……っとに、めんどくせえな。言っとくが家に上がるまではしねえぞ。前を通るだけだ」

 そうしてこの風変わりな取り合わせの四人で下校するに至ったのだが、ほどなく、俺は今日一番驚かされる事になる。

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