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くろねこ風紀録  作者: F.Koshiba
第8話 春に嵐が訪れて
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4.分かれて、また会えて

 同じ学校の校舎内でも、行き慣れていない棟や階は新鮮に感じられ、どきどきしてしまう。これからまた一年間学ぶ事になる教室がそこになるのだと思うと、身も引き締まる。

 春休みが明け、新学期。龍彦と二年生の教室が並ぶ階へ上がると、廊下で天瀬と梶居が話していた。

「あ、おはよ!」

「おはよう」

 天瀬と俺が挨拶を交わす横で、梶居は龍彦の珍しい様子を気に掛ける。

「どしたのたっつん、新学期早々どんよりして」

 花見日和の身代わりに、花散らす雨雲を一人で背負ったみたいな今の龍彦はやや面倒くさい状態にあるため、俺がさっさと原因を明かした。

「俺とクラスが別になって、落ち込んでんだよ。選択違うんだから分かってたのに」

 片腕で目を覆う龍彦の泣き真似は、冗談半分。

「いざクラス分けの現実を前にしたら、離れる孝史郎が心配で心配で……。授業中にいつもと変わりないか観察できねえし、特別教室への移動が一緒にできねえし、放課後に同じ課題ができねえしっ……!」

「……あんたの生き甲斐、孝史郎君に偏り過ぎじゃない?」

 冗談と相半ばす本気の部分に呆れ返る梶居。俺は龍彦に反論した。

「去年、授業聞いてなくて要点をノートに取り損ねてたり、教室移動を授業直前まで忘れて寝てたり、課題わかんねえって泣きついてきたりして人に散々心配かけてたのはお前の方だろ」

 天瀬が龍彦を宥める。

「教室は別でも階は同じなんだし、休み時間に会おうと思えばすぐ会えるよ」

「そうそ。それに私とはまた一緒のクラスになれたんだし、しょぼくれた顔してないでもっと喜びなさいよね」

 梶居のその言葉に、龍彦は一瞬きょとんとした顔を見せ、再びうなだれた。

「梶居とまた一緒かあ……そうなのか……」

「ちょっとお、掲示見たのにそこチェックしてないの? 他のクラスメイトには無関心なわけ? というか何で残念そうなのよムカつく!」

 憤慨されて当然だ。そして面倒モードの龍彦とも上手くやっていってくれそうな彼女に、俺は安心感を覚えた。

「梶居、龍彦をよろしく」

「まっかせなさい! ほら、いつまでも未練がましくしてないでさっさと自分の教室に行くよ、たっつん!」

 龍彦の制服の背を掴んでぐいぐい引っ張り、梶居は彼を連行する。

「あああ孝史郎ッ、離れてもお前の事は忘れないぞ……!」

「いや教室離れてる時くらい忘れて授業に集中しろよ……」

 俺の呟きにくすりと笑い、彼等が教室へ入るのを見届ける天瀬。

 そんな訳で、今年は梶居と龍彦とが同じクラス。で、俺の方はと言うと――。

「孝史郎君は私と一緒だね。よろしくね」

 もうこのまま一年間、ずっと満開のままでいてほしい天瀬の笑顔がそこにあった。そう、何と俺は天瀬とクラスメイトになれたのだ。去年からの、人知れず猫知れず町の平和を守る行いが良かったのだろうか。神様にも仏様のヤエばあちゃんにも後でしっかり拝んでおきたい。

「俺達も教室入るか」

「うん。席どこかな」

 先に入室する天瀬に、続こうとした矢先だった。

「高峰さん!」

 弾む声。跳ねるポニーテール。俺を呼んだ彼女が廊下の向こうから駆けて来る。

「北原!」

「お会いできて良かったあ! 表にあった二年生のクラス分けの掲示板でお名前を探して、思い切って来ちゃいました」

 北原と会うのは文化祭以来。表情も、うちの高校の真新しいセーラー服も、誇らしげで眩い。俺はその様を見られて嬉しくなった。

「入試、合格したんだな! おめでとう」

「はい! この御守りが効きました、ありがとうございます高峰さ――。いえ、高峰先輩っ」

 北原は両手を添えてそれを差し出す。泣きじゃくっていた彼女に貸した、例のハンカチだ。必ず合格して俺に返しに来るとの願掛けをし、真面目に受験の御守りとしていたらしい。

「もしかしてこれを返すために、わざわざここまで?」

「お借りした物は早く返さなくちゃと思って。あと他にも、いろいろとご報告したい事が――」

 話を続けようとした俺達だったが、ふと周囲のざわつきの質が変化している事に気づき、顔を上げた。見れば廊下に居る生徒だけでなく、教室のドアと窓からも大勢が顔を覗かせ、俺達に注目している。

「……あの文化祭の時の?」

「例の噂になってた……やっぱりそうだよね」

「同じ子だって。俺見てたし」

 ひそひそ聞こえる声に、北原は戸惑う。

「……あの……噂、って、何の事ですか?」

「あ、えっとそれは――」

 尋ねられて俺も困惑する。代わりに、北原の来訪を察知していつの間にやら俺の横へ舞い戻っていた龍彦が答えた。

「去年うちの文化祭に来て、孝史郎と会ったろ? 実はそん時にな――」

 聞き終えた途端、真っ赤になった北原の叫びが廊下を走り抜けた。

「ええーっ! そっ、そんな噂が立ってたんですか? ち、ちちち違うんです、とんでもない誤解です! 高峰先輩にはお詫びしないといけない事があって、それで、それでっ……!」

 あのとき俺しか見えていなかった北原にとっては寝耳に水の話。これから通う学校に、自分に関するあらぬ噂話が既に広まっているなど、たまったものではないだろう。周囲に向けて必死に弁明する彼女の目に、涙が浮かび出す。これはまずい、大事な新生活の初日を挫いてしまっては取り返しがつかない。

 そう慌てたが、しかし何をどう説明したらよいのか、すぐにはまとまらなかった。もたつく俺のせいで北原の涙が溢れそうになる。その寸前で助け船を出してくれたのは天瀬だった。彼女は北原の肩に手を置き、優しく話して聞かせた。

「大丈夫だよ。噂って言っても、すぐに誤解が解けて消えたものだし」

「ほ、ほんとですか?」

 おずおずと振り向く北原に、彼女は頷く。

「うん! 真に受けてる人はもういないから安心して。でなきゃ孝史郎君が、今年度の風紀委員長になんて選ばれてないもん」

 北原の目に溜まっていた涙が引く。

「……風紀委員長! すごいです、信頼が厚いんですね高峰先輩!」

 受け慣れない羨望に、ぎこちなく笑って返す。

「そんな大層なものじゃないけど……あれがもう終わった話だと分かってもらえたなら良かった」

 というわけで俺は昨年度の末に、牧村先輩の次となる風紀委員長の受任を決めていたのだった。正式に各委員会の新体制が始動するのは五月から。ちなみに生徒会執行部については選挙が四月末のため、キタローが生徒会長になれるかどうかはまだ分からない。

 閑話休題、俺は返却早々また涙拭きとして貸し出さずに済んだハンカチをポケットに仕舞った。過去の場面を初めて冷静に思い返した北原は、俺に頭を下げる。

「でも私が取ったおかしな行動のせいで、高峰先輩にご迷惑をお掛けしていたなんて……申し訳ありません」

「謝らなくていいよ、元々は俺が北原にずっと勘違いさせてたせいだし――」

 そうした俺達の成り行きに視線を注ぎ続けている、周囲の生徒達。龍彦と一緒に戻って来ていた梶居が声を張る。

「ほらほら皆、そういう事だから。せっかく来てくれた新入生を泣かせちゃったら大変でしょ、解散解散!」

 顔を見合わせ、彼等はおとなしく教室へ引っ込んでいく。

 教室内の時計が目に入り、北原は焦る。

「やだ、私ももう戻らないと……全部お話できてないのに」

 そう言えばハンカチを返してくれた後、他にも報告したい事があると口にしていた。俺はこそりと彼女に話す。

「北原、文化祭の日に俺と話した場所、覚えてるか?」 

「え? はい、何となく」

「今日は全学年が午前終業だから、下校前にそこで待ち合わせて、続きを聞くのでもいいかな」

 その提案に、北原は大きく頷いた。

「はいっ、分かりました! ではまた改めて!」

 来た時と同じ眩さを取り戻してきらきら去って行く彼女に、俺は安堵した。振り向けば、廊下に残っていたのは一度別れてすぐまた集まった龍彦と天瀬と梶居、そして俺というメンツ。

 天瀬は、北原の後ろ姿に見惚れていた。

「ぴょこぴょこ元気で、とっても可愛い子だなあ……」

 俺が北原に抱いたのと全く同じ第一印象。それが天瀬の口から出て、ついびくついてしまった。

「んー? ねえねえ孝史郎君、あの子ってさ――」

 俺を観察していた梶居、を更に観察していた龍彦が、彼女の腕をぐいと引いて連れて行く。

「ほれ、いつまでも話してねえでさっさと教室行くんだろ梶居」

「きゃっ……ちょっと、急に引っ張んないでって前にも言ったでしょお! バカバカバカたつ!」

 ……龍彦が阻止してくれて助かった。あのまま天瀬の前で北原に関する詮索をされていたら、今の俺はきっと動揺を隠し切れなかった。勘の良い梶居には、その動揺が天瀬への恋心に基づくものと気づかれる可能性がある。そして梶居が知る一切は、親友の天瀬には筒抜けだろう。そんな望まない形で、自分が密やかに寄せている想いを彼女に知られたくはない。

 騒がしい龍彦と梶居を見送りながら、傍らで笑う天瀬を意識する。いつかは俺のこの心を知って欲しい。自分で直接伝えて。だが未だこんな調子でそれが出来る日など本当に来るだろうかと、またいらない弱気の芽が吹いた。

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