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くろねこ風紀録  作者: F.Koshiba
第8話 春に嵐が訪れて
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1.春へのステップアップ

 年が明けて三学期を迎え、一年生にもそろそろ終わりが見えてきた。

 昼休み、俺は教室で龍彦と机を向かい合わせて座り、弁当を食べている。会話の折、龍彦は悩める俺に言う。

「何だ、まだ迷ってたのか。とっくにオーケーしたもんだと思ってたぞ」

「受ける理由が、断る理由がないってだけなのがな……不誠実な気がして」

 そこへにゅっと首を突っ込んできたのは梶居。声を潜めて尋ねてくる。

「え、なになに? オーケーするとかしないとか孝史郎君、もしかして誰かに告白されたの? 詳しく教えてよっ」

 最初何を言われているのか分からず呆けてしまったが、すぐに理解した龍彦が笑う。

「はは、そうだったらそっちのがよっぽど面白かったけどなー」

 早食いでもう弁当箱を空にしてしまった彼の軽い口に、まだ箸先を運び入れている俺の口の端は下がる。

「面白いって何だよ……」

 梶居は側の席の椅子を寄せて俺達のところに居座り、購買の菓子パンを机に置いて紙パックジュースにストローを挿し込む。

「違った? じゃ何の話?」

 知りたい事を聞き出すまで離れないであろう姿勢は相変わらずだ。

「風紀委員の次期委員長、引き受けようかどうしようか迷ってるんだ」

「へえー、いいじゃん適任! 不誠実かもって真剣に考えてる時点で十分誠実だよ」

 相槌を打つ龍彦。

「だよな、やっぱり」

「見たいなあ、孝史郎君の風紀委員長!」

 梶居の発言を耳にし、隣席のグループで頭の寝癖をぴょこりと揺らしたのはキタローだった。彼女が座っているのとは反対側から、おにぎりを齧りつつ椅子ごとガタガタと俺達の席に寄る。

「何だって? 孝史郎が次の風紀委員長なのか?」

「いや、引き受けるとは決めてない話で……」

 彼は俺が返し終えない内に思案し、呟く。

「そうか、孝史郎がそこのポストに就くなら悪くないな……。じゃあ俺も、一丁やってみるか」

 梶居が開封した菓子パンのついでに食いつく。

「何を?」

「生徒会長」

「ええっ?」

 食べかけで思わず声を上げてしまい口を押さえた彼女の横で、俺と龍彦も驚く。

「キタローが生徒会長?」

「マジか」

「先生達に打診された。立候補しないかって」

 梶居は感心し、口の中のパンを飲み下すと早速応援モードに入る。

「さっすがキタロー、成績上位で学級委員長の実績もあるとそういう声が掛かるんだあ。じゃあ来年度の生徒会長選挙、私キタローに一票入れる!」

 キタローは俺に目線を寄越す。

「立候補は、真面目ながら話の通じる風紀委員長がいる前提な。て事で孝史郎、来年度よろしく」

「え、いやだから俺はまだ――」

 前提と言いつつ決定事項のように扱われて俺があたふたしていると、元の隣グループからキタローを呼ぶ声がした。

「なあキタロー、次ここの二問目なんだけど――」

 テスト勉強中の彼等に返事し、キタローは俺の肩を力強く叩く。

「頼りにしてるぞ、俺も当選できるよう最大限努力するからな!」

 口をぱくぱくさせる俺を置いて、彼はまたガタガタと音を立てて戻って行ってしまった。

「風紀委員長を引き受けるか断るかで迷ってるって事は、孝史郎君も打診されたんだよね? 顧問の相楽センセ?」

 梶居に聞かれて首を横に振る。

「現委員長の、牧村先輩だよ」

 この学校における風紀委員の任期は二年。今年度で任期を終える牧村先輩は今、後継の委員長選任や諸々の仕事の引き継ぎを考える時期なのだ。

 龍彦が溜め息を吐く。

「はあ、牧村先輩が風紀委員を退任したら、顔を見られる機会が殆どなくなっちまうな……」

 さも残念そうな彼の様子に、梶居はパンを食べる手を止め、頬杖をついてじっとりとした視線を注ぐ。

「……たっつん、前から気になってたけど、やっぱり牧村先輩の事が好きなの?」

「そういうのじゃねえよ。単なる憧れっつーか」

 俺はてっきり『そういうの』だと思っていたのだが。

「違ったのか?」

「逆に違わなかったら、先輩に対してあんな気軽に自分をアピール出来てねえって」

 朝の挨拶運動で牧村先輩を見かける度にうざいくらいの笑顔で先に挨拶して向こうに覚えられた龍彦は、文化祭で先輩と会話した時にも彼女への好意をまるで隠す様子がなかった。それらは恋愛対象として意識していない故に取れていた態度、という事か。

「ふうん、姉御肌系がタイプなんだ?」

 梶居が言って、俺は思い出す。

「前に、快活で引っ張ってってくれそうな人に弱いとは言ってたな」

「それが入り口で、そっから先へ気持ちが進むかどうかは相手との普段の付き合い次第だな。だから牧村先輩は日常の関わりが無さ過ぎて、憧れ止まりなわけだ」

「なるほどなるほどー」

 梶居はいつの間にかパンとジュースの代わりに、ペンと生徒手帳を手にしていた。

「……メモしてどうすんだ」

「で、孝史郎君のタイプは?」

 何故だかこちらも彼女の取材対象になってしまった。

「俺? 俺は――」

 当然、思い浮かべたのは天瀬の顔。だがダイレクト過ぎてとても教えられない。

「――さあ、実際そういう子に出会ってみるまで分からないな」

「好きになった子がタイプ、ってパターンね。……あっそうだ、孝史郎君に聞こうと思ってたんだけど」

「ん?」

 梶居は机に身を乗り出し、こそっと尋ねてきた。

「小夜子と、何かあった?」

 その名が出たタイミング的に、思い浮かべた顔を覗き見られたかと考えるくらいどきりとする。

「えっ……天瀬と? 何で」

「最近孝史郎君に避けられてるみたいだって、気にしてたよ」

「――あ、それは……」

 どきりの後のぎくりを、表情に出したのはまずかった。

「心当たりがあるんだ? 相談に乗ってあげるから、お姉さんに話してごらん?」

「なに急に姉御肌ぶってんだよ」

 龍彦が突っ込みを入れている間に考える。……話せない。本当の事は絶対に話せない。去年末の銭湯での一件が脳裏を過ぎってしまうせいで天瀬と目を合わせづらくなっている、などとは。しかしここは何かしら理由をつけて返さなければならない。

「えっと、だから、このところ風紀委員長の話と定期テストの追い込みが重なって頭一杯になってて、余裕なくて……」

 食べ終えた弁当箱を、早く締め括りたい話題ごと包んで仕舞おうとする手はいつもより不器用になる。その苦しい弁明に、真の事情を知る龍彦はもっともらしく納得してみせる。

「あーそんでか、ここんとこ俺の話もいい加減に聞き流してる事が多かったもんな」

 梶居が彼を流し見て煽る。

「それはたっつんの話がいい加減だから、それなりの対応をされてただけじゃないのお?」

「だーれがいい加減だっ! 俺のこの真っ直ぐな目を見ても言えるか?」

「どれどれ……んー眉の整え方がいい加減で曲がってる」

 二人のやり取りにくすりと笑わされ、少し平静を取り戻す。

「大抵はふざけてるしな、梶居の言う通りだったかも」

「おい、お前まで!」

 梶居はけらけら笑い、俺に頷いた。

「とりあえず分かった、孝史郎君は避けてたわけじゃないのね。小夜子にそう知らせとく」

 俺はほっとする。と同時に、ここは他人づてで済ませてはいけないところだと思い立つ。

「いや、俺が直接話すよ。勘違いさせて悪かったし。天瀬、確かモフモグのケーキが美味しいって梶居に教えてたよな?」

「ケーキ持参でお詫びするの?」

「それじゃ物々しすぎるから……今日の放課後にでも店内カフェで直接奢るか。今ならテスト期間中で全部活が休みだし、龍彦と梶居も一緒に、四人で食べに行かないか?」

 梶居と龍彦が揃って沸く。

「おっ、孝史郎にしては珍しく気の利いた提案だな!」

「わあ行く行く! 勉強疲れの頭に糖分補給したかったんだあ!」

「天瀬の予定はどうだろう」

 俺が聞くより早く、梶居は立ち上がって教室の出入り口へ向かい始めていた。

「多分大丈夫! すぐ伝えてくる!」

 振り向きざまに言って廊下へ跳ね出て行く彼女を見送った後、龍彦が俺に肩を寄せて小声で言った。

「……ピンチをチャンスに変えられたな。明らかに成長してんじゃん」

 俺も周囲に聞かれないよう声を潜める。

「……二人きりでってのが難しくてもグループでなら、ってクリスマスに龍彦が言ってた手を使わせてもらったが……巻き込んで悪かったな」

「全然構わねえどころか、むしろ俺は嬉しいぞ。『お前の春』に向けて、その調子で行こうぜっ」

 これを機に逃げからは転じるべし、と腹を決める事になった放課後の予定。友の激励のお陰もあり、後の下校までの時間は、素直に天瀬と話せるのを楽しみにして過ごせた。

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