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くろねこ風紀録  作者: F.Koshiba
第6話 長靴を履いたニャンデレラ<中編>
33/57

1.彼と彼女の因と縁

 週明け。授業の合間の休み時間に、俺はキタローの席へ行った。

「なあキタロー、これの内容の事で」

 呼び掛けると、そこに居る彼は俺が手にしている台本を見て先に聞いてきた。

「おっ、最後まで目ぇ通した?」

「読んだけど、ほんとにこの通りやるのか? 特に後半、これ……」

 何度読んでも自分の知っている『長靴を履いた猫』とは異なる展開と結末に、ただただ戸惑っていた。キタローは得意げに説明する。

「後半をそうする事で、上演の尺稼ぎと主役の出番減らしが同時に叶ったんだ。約束通り、台詞回しに加えて台詞自体が少ないから覚えやすくなってるだろ」

「それにしても、ここからもう違う話過ぎないか」

「有名な原作そのままじゃ面白くないってんで、脚本台本係でアイデア出し合ってさ。それで最終的に満場一致した結果だから大丈夫だって! 自信持って頼む」

 主役一人に負担が掛かり過ぎないようにとの配慮からこれに行き着いたらしいので、俺からはこれ以上突っ込めない。まあ確かに面白くはあって、出来る事なら展開を知らないまま、客として観たかったところだ。

 そんな話をしている最中、唐突に背後から頭に何かを付けられた。そこに手をやると、フサフサした三角形が指に触れる。

「あはっ、可愛い。サイズぴったりでよかった」

 振り返るとクラスメイトで演劇の小道具係、梶居瀬奈かじい・せなが笑っていた。彼女に付けられたものを外して確認したら、それは白い猫耳のカチューシャだった。

「これ……付けなきゃいけないのか」

「そりゃ猫役だもん」

 梶居はマッシュルームショートの頭の上で両手の先をぱたつかせ、猫耳に見立てた仕草をする。

 そこへ龍彦もやって来て、俺の肩口からそれを覗き込む。

「へえ、いい出来じゃん。これ手作りなのすげえな」

「でしょでしょ? 舞台映えするようにちょっと大きめにしてみたんだ」

 自信作を褒められて梶居は上機嫌になる。

「尻尾もあんの?」

「あるよ!」

 いま持ってくる、と行きかけた彼女を俺は慌てて引き止める。

「いや、そっちはまた稽古の時でいいから……」

 一生懸命作ってくれたのに申し訳ないが、役作りをした舞台上ならともかく、素のまま教室内でこれ以上何か付けられるのは流石に恥ずかしい。

「えー、そう?」

 梶居はややしょげる。

「しかし孝史郎が白い色の猫か、ちょっと違和感あるな。実際いつもと違――」

 脇腹に肘打ちして龍彦を黙らせる。少々強く入って呻いた彼を不思議そうに見た後、梶居は色の話で思い出して言った。

「『後半用』の黒い耳と尻尾はもうちょっと待ってね、今作ってるから」

 キタローがぽんと手を打つ。

「あーそうだよな、話の都合で二種類いるんだ。手間かける」

「任せといてよ!」

 そこへまた、懲りない龍彦がぼそりと余計な口を挟む。

「黒なら自前のでいいんじゃないか?」

「だからそういう半端な事はできないって前から――」

「……何の話?」

 ついまともに反論しかけ、はたと止める。今度は俺が首を傾げられてしまった。

「……別に、何でもない」

 龍彦には、後でもう一撃加えておく事にする。

「高峰君、高峰君!」

 話の外側から声が掛かって教室の扉口を見やると、そこに俺を手招く牧村先輩が居た。委員会に関する知らせで度々こうして一年の教室を訪れるので、今日も同じ要件だろうと思った皆にお疲れさんと労われ、先輩の元へ行く。でもこの度の来訪がそれと違う事を、俺は察していた。

 牧村先輩は声量を抑えて聞いてきた。

「徳永君に封筒届けてくれてありがとう。それであの件の事、彼なんて言ってた? いつも以上にバリバリ私をはね付ける態度でいるから、高峰君が話をしてくれたのは分かったんだけど……」

 徳永先輩は体調回復して、今日から出席していた。

「文化祭には、行くと言ってくれました。ただ――」

 少しはばかられたが、俺は一字一句違えず伝言した。

「――牧村先輩には、『勝手に責任感じて関わってくんじゃねえ』と……」

 彼女は伏し目がちに笑う。

「……そっか。でも、気が変わってくれただけで十分」

 その言葉と表情からは、いつも力強く牽引してくる彼女らしい快活さがすっかり失せていた。それが痛みを堪えるものに思えて居たたまれなくなり、俺はとうとう、立ち入った事を聞いてしまった。

「あの、以前に何かあったんですか、徳永先輩と」

 牧村先輩は俺に対してというより、恐らく自身の心に整理を付けるために、何度かこくこくと首を縦に振った。

「うん、そうよね、無理をお願いしておいて、何の説明も無しはあんまりよね。でも今ここじゃ話しづらいから、昼休みに改めて、でもいい?」

 俺は承知して、昼休みに再度牧村先輩と会う約束を交わした。

 

 

   ***

 

 

 家で作ってきたおにぎりと購買のパンを持参し、訪れた体育館の南側。グラウンドに面した出入り口前のコンクリート階段は、建物と植え込みを風除けにして陽射しの恩恵を全面的に受けられる、昼飯時の穴場だ。

 そこで牧村先輩と並んで座り、一緒に昼食を取り始める。牧村先輩の膝の上に広げられた弁当は、きれいな三色そぼろだった。

「徳永君と初めて会ったの、他校の文化祭だったのよ。中三の時に」

 彼女はおかずから箸をつけ、件の元となった当時の話をする。

「その高校に、一目惚れで好きになった人がいてね」

「えっ」

「意外?」

 驚いてつい声を出したら、牧村先輩は苦笑いした。

「毎日の通学で、ただすれ違うだけの人。今思えば、恋に恋してたというか、憧れることに憧れてたというか、そんな感じ」

 名前も知らず、着ているブレザーの制服から通っている学校が『河西かさい高校』である事しか分からない相手だったという。河西高校は、葦沢町から町をいくつか隔てた同県の端にある。

「それでその高校の文化祭を見に、彼目当てで行ったの。通学以外の、学校生活送ってるところを一目でも見られたらと思ってね。でも捜して捜して、やっと校舎裏で休んでるところを見つけたら、すっかり舞い上がっちゃって……。気づいたら『あなたに会いに来ました』って、話し掛けてた」

 実に先輩らしい行動力と積極性だと思った。らしからぬのは、その盲目さだけだ。

「実質告白よね、態度でもばればれだったし。他が全然目に入ってなくて、我に返ったら、一緒に居たっぽい彼の友達に囲まれてて囃し立てられて、憧れだったその人からも、直接からかわれちゃった。そこで熱が一気に冷めたのよねえ、勝手に幻想して勝手に幻滅して。あの頃の私、どうしようもない馬鹿だったな」

 三色そぼろは箸でぐしゃぐしゃとかき混ぜられ、きれいでなくなった思い出と共にぱくぱく食べられていく。それを水筒のお茶で飲み下すと、彼女は続きを語った。

「――で、恥ずかしくてもうどうしていいか分からなくなったところに、やたら目つきの悪い、知らない中学生が割って入ってきたの。それが徳永君でね。どこから見てたのか、何を思ってか全然分からないんだけど……彼、いきなりその人の事を殴り倒したの。暴力沙汰を起こしたせいで徳永君は今でも、あの高校には出禁だと思う」

 葦沢町在住の徳永先輩と、町外在住で葦沢高校へ電車通学してきている牧村先輩とは、学区の違いから通っていた中学が異なるので、当時はお互いを知らなくて当然だった。

 ちなみに、徳永先輩の出身中学は俺と龍彦とも同じではない。葦沢町には中学校が二つあり、俺達は南側学区で貝塚字にある葦沢第一中学、徳永先輩は北側学区で松原字にある葦沢第二中学が母校だ。だから高校で一緒になるまで、全く面識がなかった。

「高校で徳永君と再会した時は、ほんとにびっくりしたな。髪なんかすっかり染めちゃって、悪目立ちで人を寄せ付けないようにしてたから、逆に『あの時の子だ』って、分かりやすかった」

 彼を見つけたくだりのみ、話す牧村先輩は心なし嬉しそうだった。

「お礼言わなきゃって、思った。やり方はともかく困ってるとこ助けてくれたのに、取り押さえられたあと引きずって行かれて、何も言えずじまいだったから……。彼と同じ中学出身の子達の話から異常に喧嘩っ早いのが知れ渡って皆が敬遠する中、私、思い切って言いに行ったの。ぶん殴られても構わない覚悟で真っ向からね。それに対して『んなもんいちいち覚えてねえ』って返されたのが、最初の会話」

「一年の時から、同じクラスでしたっけ」

 俺が確かめると、牧村先輩は頷いた。

「それから、彼と喋るようになってね。うざがられはしても疎まれてる感じはしなかったから……『その日』が来るまで、ずっと気づけなかった」

「……文化祭、ですか」

 俺の、あんパンを食べる口は途中からすっかり止まっていた。

「彼が文化祭を無断欠席した時、初めて考えたの。去年のあの日、どうして彼は河西高校の文化祭に一人で来てたのかって。当時から孤立してて誰かに誘われたふうでもなく、明らかに、お祭り事が好きって柄でもないのに」

 言われてみれば確かに、そもそも徳永先輩がそこに居た理由が謎だった。

「時に高峰君、勉強の方は順調?」

「え? はあ、まあ、それなりに……」

 何故いまそれを尋ねられるのか疑問に思いながら答えると、牧村先輩は次に繋げた。

「――徳永君ね、生活態度は悪いけど学業成績は良いのよ。同じクラスでいて分かったんだけど、がさつな反面、まめな部分はとことんまめだったりするから、そこを勉強に活かせてるんだと思う。学ぶ事自体、好きなんじゃないかな」

 徳永先輩には『ああ見えて』というところが本当に多い、と改めて知る。そういえば、今は文化祭準備期間中でやっていない朝の挨拶運動の時、風紀委員顧問の相楽先生が徳永先輩について「どんなに遅れても登校はする」と言っていた。それが学ぶ意志の表れ。だから初めてとなった無断欠席に、牧村先輩は潜む理由を察知したのだ。

「今の成績からみても学力は足りてただろうし、まめだから、もしかしたら河西高校へは『志望校の下見』のつもりで、来てたんじゃないかって――」

 河西は、同県学区の公立高校の中で学力レベルが頭一つ抜けている。進路指導の先生もそこの受験を推す事には慎重だった覚えがあるので、それに足る力があった話に感心すると同時に、しかし彼が現在通っているのは葦沢高校――という事実を、途端に重く受け止めた。

「私が原因で志望校へ行けなくなって、進路の選択範囲を狭めてしまったのかもしれない、もしそうなら、この高校へ入学してきた彼にまず言うべきはお礼じゃなくて謝罪だったんだって、やっと気づいて……。だから文化祭の後、遅過ぎるけど謝ったの。でも『お前には関係ねえ』とだけ言われて、以降、文化祭関係含めてその話には一切、取り合ってくれなくなっちゃった」

 理由がどうあっても、一方的に手を出した徳永先輩の非は否めない。聞く限り牧村先輩に責任はないのだが、彼女は自分の愚かさがきっかけには違いないとして、どうしても自身を許せないようだ。

「せめて文化祭から、紐付けされた苦い過去を解きたい。新しい思い出を重ねなきゃ、それは変わらないまま彼の中に一生、居座ってしまうだろうから――。そう考えたら今年はどうにか出てほしくて、高峰君に協力を願ったってわけ」

「そう、だったんですか……」

 聞き終えた俺は、慰めも励ましも出せない不器用な口に、かじりかけのパンを詰めるしかなかった。遠く見やる人影のないグラウンドは、眩くて一層空しい。

 牧村先輩は一息ついて箸を置いた。

「はあ、改めて話してみたらやっぱりこれ全部、自分が溜飲下げたいだけの身勝手よね。彼にしてみれば今更で、迷惑以外の何物でもないのは分かってる。できればもう一度話をしたいところだけど、そこまで望んじゃいけない――」

 彼女はまだ中身が残っている弁当箱にそう零して、蓋をする。それを包み直して立ち上がり、階段を降りると下から俺を顧みた。

「聞いてくれてありがとう、先に戻るわね」

 笑って手を振り、さらりと去って行く。そのとき翳った横顔が胸に残って、しばしパンが上手く喉を通らなかった。

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