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くろねこ風紀録  作者: F.Koshiba
第1話 こねこどこのこ?
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3.ほこらの茶トラ

 堤字は専業、兼業を問わず農家がほとんどで、広がる田園風景からもわかるように葦沢町の中で最も人口密度が低い。その堤字に隣接する貝塚字には旧家がいくらかあって、広い敷地を持つ一軒家が立ち並んだ、古い町並みの情趣が香る住宅街となっている。

 海に面した三角州の南端から順にその二つの地区を越え、更に『考史郎』の俺が在住する小波字を越えると、その先には島中字しまなかあざがある。葦沢町にはJRと私鉄の路線が各一本ずつ横断していて、並走するそれら路線の駅を二つとも置いているのが、この島中字だ。

 駅のある区画だけにそれを利用する人々の流れが大きく、更に大型ショッピングセンターの地域参入がない分、今時珍しい昔ながらの駅前商店街も、シャッターを下ろす事なく賑わいを見せている。

 その島中字に俺がコクミツとしてやって来たのは、子猫を拾った翌日の昼過ぎ。

 前日、茶トラや白の毛を持つ猫達をオス、メスに関わらず訪ねて回ったのだが、あの子猫達に覚えのある猫は一匹もいなかった。ただ、昨夜は少し時間が遅く目当てにしていた各所の猫集会もお開きになった後だったので、対象の猫全てに会えたわけではない。だから今日はその会えなかった分の猫達に話を聞くべく、改めて町を回っているのだ。ちなみに今日は土曜日で、考史郎の高校は半ドンだった。

 島中字で昨日会えなかった猫は、一匹だけ。

 ……願わくば、今回の件にいちばん関係していてほしくないオス猫だ。

 今の季節の昼間なら、そいつがいる場所は大抵決まっている。そこへ行けば会えるだろう。

 そう思って足を運んだ先は、商店街から一筋外れた道の端にぽつんと建てられている、小さなほこら。

 案の定、茶トラ柄の毛をしたそいつはそのほこらの木棚でいつものごとく、お供え物の代わりに丸くなって寝ていた。南向きでぽかぽかと日当たりが良いので、ここは夏を除き、彼のお気に入りの場所となっている。

「ユキチ」

 近づいて下から呼びかけると、よだれを垂らしかかっていたユキチはハッと目を覚ました。

「あっ、コクミツさんじゃないですか!」

 ひょいとほこらから降り、ポンポンのようなボブテイルをきゅっと立てる。

 ここで生粋の野良として育ち、親元から独立して久しいにも関わらず、ユキチからは何故かいつまで経ってもあどけなさが抜けない。

 そんな彼は、過去に商店街の買い物客がうっかり落とした万札を、つい無邪気に捕まえてしまった事があった。血相を変えて取り返そうと向かってきたその客と店の主人に怯えて思わずその札をくわえたまま逃げ、結果的に『人間の持ち物や、店先に並んでいるものは盗らない』という猫社会の約束事を破ってしまった彼は『以前のコクミツ』にこっぴどく叱られたため、その日の夜更けに再び騒動を起こしてしまった店へ赴き、閉められたシャッターの下から、その札をこっそり返したのだった。

 翌日、「猫が持ち去ったはずの万札が帰って来た!」とまた商店街はちょっとした騒ぎになりもしたのだが、細かい事は気にしないおおらかな人々の間で彼は「ちゃんと返しに来た偉い猫」として評判を上げ、以来、万札の福沢諭吉にちなんだ『ユキチ』の愛称で、人にも猫にも親しまれるようになった。

 ……というのが、彼の名前に関する逸話である。

 そんなふうで人にも知名度が高く好かれている猫なら情報源も多いだろうと考え、今、島中字の班長はこのユキチに任せている。

「ヨツバが子を産んだな。おめでとう」

「ありがとうございます! そういや産むのと育てるのにコクミツさんちの納屋を借りているみたいで、お世話おかけしてます!」

 とまあ、この底抜けた感じに元気で素直なユキチとヨツバとは夫婦で、ヨツバの産んだあの子猫達の父親は、ユキチだったりするのだが。

 本題はここからだ。

「ところでユキチ。二ヶ月くらい前……お前、他のメス猫に気が行ったりしなかったか」

 するとユキチは驚き、薄茶色の目の瞳孔がまるく開いた。

「ええっ!? な、なな何でそれを……」

「……覚えがあるのか」

 もごもごと言うユキチの両耳が、しおれるように後ろに寝る。

「えっと、そのぅ……恥ずかしながら」

「相手の猫は誰なんだ?」

 尋ねるとユキチは一転、しんなりと下げていたヒゲをぴんと前に向け、興奮気味に話した。

「それが! もーすんごく可愛い子なんですよ! 最近この町に越してきたみたいで――」

「――その猫、赤い首輪をしていて、毛は白に茶色のポイント、瞳は水色だったんじゃないか?」

 後ろからそう声がして振り返ると、そこに民家の隙間から出てきた、ホクテンの姿。

「ホクテンさん! そうそう、まさにその通りで……って何でみんなして知ってんですか!?」

「堤字で、そういう見慣れない猫の情報があったんでな。腹に子がいるように見えたとも」

「え、子……!? マジすか!?」

 固まっていく事実に、頭が痛くなってきた。俺の横に並んで座ったホクテンは、呆れ気味に両耳を横向ける。

「お前の言う猫とその堤字の猫の特徴がぴったり一致しているのなら……決まりだな」

「実はなユキチ、昨日子猫を二匹、堤字の田んぼで保護したんだ。産んだのがそのメス猫なら、お前はその子猫達の父親という事になる。毛の柄もちょうど、お前達と同じだしな」

 白毛の子猫は母親似、茶トラの子猫は父親似という事だ。

「そ、そうだったんですね……そうか、アメリアちゃんが……」

 ともあれ、父猫がわかれば相手である母猫の具体的な情報は、彼から得られるはずだ。

「今はその子猫達をちゃんと育ててもらうために、母猫を捜しているところなんだ。そのアメリアという猫を、連れてきてくれないか」

「それが、飼い猫だからなかなか自由に外に出られないのか、一度会ったきりで……」

 ちょうどメス猫が発情期にあって、たまたま意気投合したそのたった一度の出会いで、燃え上がってしまったという事か。

 姉さん女房のヨツバの怒る顔が目に浮かぶようだったが、とりあえずそれは置いといて。

「なら、その猫の住んでいる家を教えてくれるか」

「わかりました。……で、あの、それでですね……。この事は、どうかヨツバにはナイショに……」

 ヒゲを下げて哀願してくるユキチ。それに関してちょっと気まずく思った俺は、片耳だけぴこりと横向ける。

「……いや、それがな……」

 子猫達の預け先についてを話すと、ユキチの全身はばっと弾けるように毛が逆立って膨らみ、すぐにしおしおと枯れた。何だか花火みたいだった。

「……ひ、ひどいスよコクミツさん……何でよりによってヨツバに……」

「お前が親だとは思わなかったんでな」

「自業自得だろう」

 ホクテンの冷めた一言にあっさりと切られたユキチは、そんな殺生な……と耳をぺたり垂らしてうなだれる。

「まあ色恋沙汰にとやかく口を挟むような野暮をするつもりはないが……ヨツバの事は、大事にするんだぞ」

「……ハイ……大事にする前に、殺されそうですケド……」

 何だかんだ言って、仲睦まじい二匹だ。きっとヨツバは猫パンチ一発……いや、多分二、三発くらいでユキチの浮気を許してやるだろう。『夫婦喧嘩は猫も食わない』と言うからな、余計な心配は無用だ。

 

 ……ん、何か間違ってるか?

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