運無しサラリーマンと今風死神クン
“ソレ”は突然現れた。
「死神でーす」
「うわぁぁあぁッ!まだ、まだ死にたくないようッ、まだやりたいことだってあるんだッそんなぁッ」
どこか気怠そうな雰囲気を纏った青年。作りに造られた、無造作ヘアーに、ビッグサイズのパーカー、足のラインがはっきり分かるスキニーと、今風な格好のどこにでもいそうな青年__その右肩に担いでいる大鎌を除けば。
彼の目の前で騒いでいるのは、ヨレヨレのスーツ姿の、いかにもな冴えないサラリーマン。髪の毛も無造作ヘアーと言うにはあまりに汚らしい、ボサボサ頭。銀縁メガネには、うっすら埃や指紋が付いていて、彼のみすぼらしい容姿に拍車をかける。
目の前で尚も騒ぎ続ける男に、青年は心底面倒くさそうに後頭部に手を当てながら告げる。
「いや、でもこっちも仕事なんで」
「彼女作ったり、金持ちになったり、親孝行したり__ま、しょうがない。もう出来ないようだし。どうぞ一思いにお願いします」
「潔すぎるッ!?」
急に悟ったような表情で棒立ちした男に、いくら無気力そうな、気怠げな青年でも、突っ込まざるを得なかった。
「どうしたんだよ、さっきまで散々喚いてたじゃねェか」
「いや、死神だなんてそんな非現実的なものに、たかが人間で、まだ何もやりきれてない僕如きが抗えるはずもないなって……」
「ネガティブすぎるッ」
さっきまでとは打って変わって、男と青年の態度は急激に入れ替わった。
目の前で騒ぎ始めた青年を、どこか眩しそうな顔で見て、男はフッと笑う。
「僕ァ、それなりにいい人生でしたし、後悔はありません。……せいぜい、小学生の時に片思いしていた子に、いじめっ子達によってパンツ見られたり、高校生の時に不良にお金取られたり、社会人になってから、幼稚園来の友人に連帯保証人に勝手にされて借金押し付けられたり、それのせいで親からは縁切られたも同然の状況になったり……。それだけです」
「割とあるじゃんッ」
男の悲しい過去に、青年は若干涙ぐみながらも突っ込む。なんだか、不憫に不憫を足したような、可哀想な男だ。
一方の、哀れまれてる男はというと、遠い目をしながら視線を横に流している。
「いやー、宝くじでも当たれば……あ、最後にそこのスクラッチやっていいですか?人生最後くらい」
指さした先には、某宝くじ売り場。
「へ、あ、あぁ、いいぜ」
「どうも」
気の抜けた青年の返事に、軽く会釈をして売り場へと歩いていく。手持ち無沙汰となった青年もその後を追う。
「おじさん、お願いします」
「はいはーい!」
お金を渡し、さあいざ勝負と、十円玉で削り始める。しかし、削れば削るほど、男の顔は戸惑いを顕にする。
「ども……あれ?……いやいや……え」
「ど、どうしたんだよ……?」
男の小さな困惑気味の声に、耐えられない風に青年が問いかける。しかし、男はそれを無視して、店主に全て削り終えたスクラッチを見せる。
「……おじさん、これ」
「へ?あれまあ、こりゃハズレくじだ」
「はい?」
店主のいかにも面白いといった言葉に、何故か男ではなく青年がリアクションを返す。そんな戸惑う二人が見えていないのか、店主はカラカラと笑いながらとんでもないことを言う。
「いやね、うちのスクラッチの店、言っちゃあれだけど、全然儲かってなくて。そんで、これ作ってる機械とかもガタが来てて、たまーにこういう真っ白のが出てくんのよ。そのまま廃棄ももったいないから、本当の意味でのハズレくじってことで使ってんのよ」
それは……。
「つまり……」
「お兄さん、残念ッ!あはは、大丈夫大丈夫、いい事あるって!あ、これハズレくじ引いた人用の飴とティッシュね」
やや強引にポケットティッシュと飴を握らされた男、尚も現実を受け止められないのか、呆然と手に握らされた残念賞を見つめる。そんな男に、店主の余計な一言がとどめを刺す。
「まー、僕もここ務めてて、初めて見たよ」
*
「……その、なんだ……」
「……」
「元気、出せよ……?」
ところ変わって、公園。
ベンチで項垂れる男に、青年はなんとも気まずそうに声をかける。が、反応は返っては来ない。
どうしようかと青年が頭に手を当てた時だった。男はベンチの背もたれに寄りかかりながら、大きな声で自暴自棄に叫ぶ。
「もー、あー、やる気失くしたッ。もー、知らねッどうぞどうぞ死神さん、僕を一思いにやっちゃってッ」
そんな他殺されます宣言を大声で言い始めた男に、青年は焦って口を塞ごうと手を伸ばす。
「お、おい!こんな往来のど真ん中で……!」
しかし、ヤケになった男はそれくらいじゃあ止まらない。
「どうせ死ぬし、いんだよ!」
「取り敢えず、家行くぞッ」
さらに場所が変わって、男のアパート。
重い空気の中、よれよれサラリーマンと鎌を担いだ今どき青年が正座で向き合っている。
「……」
「なんか、お前可哀想だから、当分は見逃してやるよ」
「は?」
憐れみの目で告げられた言葉に、男は気の抜けた声を出す。だが、そんな様子は気にもとめず、男の肩にそっと手を置いた青年は、いっそ慈愛に満ちた顔で親指を上にあげる__所謂、グッドサインを出した。
「もうちょい、いい人生になるように、一緒に頑張ろ?な?」
「えぇー……僕、自分を殺しに来た死神に哀れまれた挙句、一緒に頑張って生きようとか言われてる……」
かくして、死を宣告された運無しサラリーマンと、死を宣告した今時死神の共同生活が始まった。
二人が今後どのような生活を送ったのか。それは、また別のお話__。