表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

覚えてる?

作者: 枝鳥

本作にはいじめ描写を含みます。

 テレビからアナウンサーがニュースを読む声が流れる。


『昨日未明、○○小学校に通う児童、○○ ○○ちゃん(小学6年生)の遺体が、○○小学校の校庭で発見されました。○○ちゃんは屋上から飛び降り自殺したと見られ、屋上にはイジメがあったことを書いた遺書も発見されています。小学校側はイジメの事実確認を急ぐというコメントを出しており、市の教育委員会では緊急のイジメ調査委員会が………………』


──────────────────────


◆ 一人目の女 ◆


 素敵なレストラン。

 卓上のキャンドルがちらちらと優しく揺れる。

 眼の前で、恋人が少し緊張しているのがわかる。


 ──いよいよだ。


 今日が、多分そうなんだろうと思ってる。

 だからいつもより丁寧に髪を巻いたし、就業後にきっちりメイクも直した。マスカラはウォータープルーフ。もちろんアイラインも。

 清楚に見えるワンピースを選んで、ネックレスは一粒パール。指輪は、しない。


 ここに来るまで長かった。


 幼い頃の私は、何ていうことはない平凡な女の子だった。

 小学生のときに、私の人生の転機は訪れた。

 『イジメ』

 いじめられるのは嫌だ。

 だから、小学5年生になった私は率先していじめる側になった。

 みっともない情けない負け犬になりたくない。

 キラキラしていたい。

 みんなに囲まれてチヤホヤされていたい。

 いじめる側になった私の機嫌を、周囲の女子がへこへこして媚びへつらう。

 こうでなくっちゃ。


 中学生のときは、やんちゃすることに興味を覚えた。

 ばれない程度にお化粧をして、夜には塾をサボって高校生と遊ぶ。

 でも、ここでも転機は訪れた。

 普段チヤホヤされるのは、化粧の上手な派手な女の子。

 スカートも短くして、休日にはB系のセクシーな服を着て、周囲には男の子が群がる。

 でも、そのうちの一人が妊娠したときに、群がっていた男の子達はさあっと音を立てるかのように引いていった。

 そして耳にした男の子達の話。

「遊ぶならB系、本命はああいう子」

 指差した先には、塾帰りの清楚な美少女がいた。

 そういうことなんだ。


 みんなの行かない離れた高校を選んで、私はそれまでのイメージを一新させた。

 髪を黒く染めなおして、ださくならない程度に短くしたスカート。

 化粧は派手になりすぎないで、でもしっかり素肌を作りこむ。

 好かれる女子高生でいること。

 時々私のことをじっと見つめる男子がいることにほくそえむ。

 そしてここでの転機は担任の女教師の結婚。

 お相手は隣りのクラスの担任で、厳つくてブサイク、おまけにかなり年上。

 正直、うちの担任はそこそこ美人だったから不思議でしょうがなかった。

 でも気がついたの。

 いくら美人でも、社会人になると選択肢が減るってことに。

 職場の同僚ぐらいしか選択する相手がいないんじゃ、どんなに美人でもしょうがないってこと。

 これが私の高校時代の転機。

 そこから私は真面目に勉強をすることにした。

 バカな大学に行ったら、バカしか選べないじゃない。


 学生時代を過ごしているうちに、あっという間に就職活動。

 この頃になると私は恋人を結婚相手選びと同じと思ってた。

 でもせっかくそこそこの大学に入ったのに、彼氏は同じ年なのに留年が決まっていた。

 いい大学に入ったからといって、いい結婚相手になるとは限らない。

 私はここで教訓を得た。

「結婚は人生のゴールじゃない」なんて言う人もいるけどさ、たとえスタートだとしても、そこには大きな違いがあるじゃない。

 小学生の徒競走のスタートとオリンピックのスタートでは、得られる報酬も違うのよ。

 一等の旗の下に体育座りするだけとキラキラの金メダル。

 金メダルを取れば、その後も一生金メダリストとしてちやほやされるのよ。

 恋人と別れて、そこそこ一流と呼ばれる会社に内定を取ったわ。

 ここからが私の勝負よ。


 そして取引先との合コンで出会ったのが眼の前にいる彼。

 そこそこイケメンで優しくて実家も中流以上の次男。

 彼の好きそうな女のイメージは、まさに私が作り上げたものだった。

「優しくて控えめで、でもしっかりしている所もあるけれど涙もろい所もあるし、お洒落だけど派手過ぎない、清楚な美人」(笑)

 現実にこんな女いるわけないじゃない。

 私だってそんな女を演じてきたけど、だからこそ言えるのよ。

 彼とお涙頂戴のドラマを見たら涙ぐむ。

 いじめで自殺した小学生のニュースにショックを受けた振りをする。

 クソガキを見ても「あらあら元気がいいのね」と微笑む。

 そうして付き合って3年。

 焦れに焦れても、結婚のことなんかおくびにも出さない。

 急かしたら逃げるのが男ってものだもの。

 大学時代のカレシだって、結婚とか妊娠とかをやたらアピールしたら、あっという間に「円満」に別れられたわ。

 周りも私には「一途なのに可哀想な振られ方をした女の子」、彼には「とてもいい子を酷い振り方をした最低男」だって思っているわ。


 でも、それもやっと報われた。

 彼は一流企業で年収もいいし、後は専業主婦になってお気楽に今日のランチに悩むのが私の仕事になるだけって話。

 彼の差し出す指輪が入ったケースが、前々からそれとなく憧れていると話していたブランドだということを確認して心の中だけで笑う。

 そうそう、それでいいのよ。

 私は綺麗に涙ぐんで指輪を受け取る。



 結婚は半年後。

 憧れの式場を押さえて、退職届を出して、婚約指輪を嵌めて後半年だけ仕事をする。

 目ざとい同僚なんかが指輪のブランドを見てため息を漏らすのが心地いい。

 当然じゃない。

 そう思っても、表情ははにかむだけ。

 最高ね。

 羨望の視線が集まる。


 半年後に退職するから仕事の割り振りも楽になったし、結婚式の準備は面倒だけど、それも私が一番主役になる日のためなんだと思うと楽しいわ。


 毎日がきらきらしてる。



 でも、プロポーズを受けた一ヵ月後に、アイツに遭ってしまった。



 最初は、どこかで見かけたような顔だと思っただけだったわ。

 目があったから、さりげなくその場を離れたの。

 通勤途中でエレベーターの中だったし。

 どこかで会った知り合いかしら、なんて思ってすぐに忘れたわ。

 でもその夜、彼の部屋で夕食中につけていたテレビから流れたニュースにいつも通りの反応をしていた私は、ふいに思い出してしまった。


「ひどいね、イジメなんてする奴はどうかしてるよ。いつか俺たちに子供ができてイジメられたら、俺は絶対に許せないよ」

「私もイジメなんて気が知れないわ。人として許せない」

「君は優しいね。そんな君だから、一生を共にしたいと思えるよ」


 彼と見つめあう私の脳内を、コロリと小石が転がった。


『イジメ』


「なんかあいつ調子乗ってね?」

「あいつって何考えてるのかわかんなくてキモイよね」

「あいつならいじめられてもしょうがないよね」


 隠される文房具。

 必死に探す姿を笑う。


 二人組であいつと組んだ奴は仲間にしてやらない。

 一人あぶれておろおろする姿を共犯者の目配せで笑う。


 給食に消しゴムのカスを入れる。

 気づかずに食べる姿を笑う。


 トイレに閉じ込める。

 必死に叫ぶ姿を笑う。


 聞こえよがしに悪口を言う。

 顔を真っ赤にして耐えている姿を笑う。


 ドッジボールで集中してボールをぶつける。

 逃げ惑う姿を笑う。


 休み時間に隣りを歩くときに足を蹴る。

「あ、ごめ~ん(笑)」


 すれ違うときは肩をぶつける。

「あ、ごめ~ん(笑)」



 あの顔を真っ赤にしていた女の子の姿が、エレベーターの中で一緒になった女性とピタリと重なる。


「どうしたの?」


 様子がおかしくなった私を心配した彼が優しく聞いてくる。


「ううん、イジメって本当にひどいなって思って」

「君のその優し過ぎるところ、本当に好きだよ」


 そう言って彼は私にキスをした。



 あの女がまたビルのエントランスにいた。

 私は慌てて走り去る。

 覚えてるの?

 だから、こんなタイミングで私の前に現れたの?

 ニヤリ、と女が笑った。


 嘘!?

 やだ!

 やめてよ!!

 ちょっとした子供のいたずらじゃない!!

 昔のことじゃない!!!

 

 また、いる。


 今日もいる。


 仕事が手につかない。

 ミスが増えて部長に叱責された。


「結婚で浮つきすぎているんじゃないのか?」


 同僚も庇ってくれない。


「どうせ結婚退職するからっていい加減に仕事してるんじゃないの?」


 給湯室から聞こえてきた誰かの言葉に身がすくむ。


 やめてよ!

 私は何も悪くないのに!!


 イライラする。

 結婚式の準備をしている途中で、思わずギリリと爪を噛む。

 招待客はどうすればいいの?

 あのことを知っている人はいないはず。

 ──本当に?

 あの女がばらしたら、いいえ、あの女自身が乗り込んでくるかもしれない。

 


 彼が眉をひそめる。


「最近の君、ちょっとおかしいよ」


 そんなことない!

 全部あの女が悪いの!!

 私は悪くないの!!


 今日もまたあの女がいた。

 私を見て笑っている。


 私の結婚式に乗り込む気なんでしょ!?

 滅茶苦茶にする気でしょ!!

 そうはさせないんだから!



「ねえ、結婚式だけどハワイで二人っきりにしない?」

「え、突然何を言うんだ?」


 不審気な彼氏にしなだれかかる。


「上司や同僚にはもう参加を打診して快諾してもらっているのに、今更そんなことできるわけないだろ?」

「いいじゃない! なら、ハワイで参加してもらえば問題ないじゃない!!」

「無理に決まってるだろ!」

「なんでよ!!!」


 

 あれから彼氏とも気まずい。

 メールが減った。

 デートも減った。


「忙しいから」


 本当に……?


 あの女が彼氏に何か言ったのに違いない!

 ひどい!

 

「なあ、結婚だけど、延期しようか……」


 久しぶりに来た彼からのメールの一文を見て、私は決意する。

 私の人生を滅茶苦茶にしやがって!!

 今さら覚えていたって何になるのよ!!!


 

◆ 二人目の女 ◆


 私には、小学生の頃の記憶がない。

 勉強の内容なんかはちゃんと頭に入っていたし、別に小学生の頃の記憶がないから特に困るわけでもないから、そんなに気にしたことはないのよ。

 中学高校と仲の良い友達にも恵まれたし、大学ではサークルにボランティアにと充実した生活だったし。

 社会人になって、勤務先の会社の取引先の営業マンと知り合い、恋人になり、この前結婚したわ。付き合って一年で結婚と言うと、周りはみんな驚いたけどね。彼の転勤をいい機会だとして、私たちは結婚することにしたの。

 新生活は、都会で始まったわ。

 そう、彼の転勤は本社への栄転だったから。だから寿退社して、パートに出ることにしたの。

 パートと言っても学生時代の親友に声をかけられて、オフィス街の中の比較的新しいビルの中にある会社の事務をすることになったのよ。

 でね、なんだかいつもこっちを見てくる人がいることに最近気がついたの。

 知り合いかな、と最初は思ったけど、どうも見覚えがないのよね。

 ただいつもじっと私のことを見つめてくるの。

 やだ、浮気とかじゃないわよ。

 だってその人も女性だもの。

 じっと見てくるくせに、こっちが見たと気付くとすぐに顔をそむけるのよ。そうして足早に去って行っちゃうのよ。

 ねえ、何だか気持ち悪いわよね。

 知り合いかなと思って笑いかけてみたのよ。そしたら走って去って行ったのよ。

 ちょっと失礼だと思わない?

 あら、でも、そうね。最近は見なくなったわ、そう言えば。

 変な話よね。




◆ 三人目の女 ◆


 アイツは、私のことなんてこれっぽっちも覚えていなかった。

 大学で再会したときに、清楚に微笑んで「初めまして」なんて言い放った。

 そうよね、私なんてアンタにとっちゃあ、そんな程度の存在だったのよね。


 小学4年生になったばかりの私は、ある日唐突なアイツの「おまえむかつく」の一言でひとりぼっちになった。

 誰とも口をきかずに一日を終える毎日。

 親に相談なんてできなかった。

 誰が言えるの?

 パパやママに「あなたの娘は誰ともしゃべってもらえない存在です」だなんて。「欠陥品なんです」なんて言えるわけないじゃない。

 でも、私に救世主が現れた。


「ねえ、初めまして」


 5年生のクラス替えで前の席の女の子がそう笑いかけてくれた。

 

 そして、その子はアイツにいじめられ始めた。

 いじめられっこの私としゃべったという理由で。


 私はほっとしていた。

 その女の子がいじめられている間は、誰も私をいじめない。

 一緒になって無視するだけで、私も仲間に受け入れてもらえる。


 ねえ、私が悪いの?


 

 でも、高校生になって私は再びその女の子に会った。

 出席番号はあいうえお順だから、彼女と私は以前のように前と後ろ。

 くるりと振り向いた彼女は私にあの日と同じように「初めまして」と笑いかけた。

 気づいていないのかと思って、ジクジクする胸の痛みに耐えられなくなって、小学生の頃の話題を振った私に、彼女は申し訳なさそうにこう言った。


「ごめんね、私、小学生の頃の記憶がないの」


 痛かった。

 心がギシギシと悲鳴を上げた。

 私のせいだ。

 私のせいで、こんなことになってしまったんだ。


 彼女は小学生の終わりに引越しをしてからは記憶があるといっていた。

 私たちのことが、記憶から完全に消したいほどの存在だったんだ。


 私は決めた。

 彼女のことだけは何があっても裏切らない。

 誠実な友達でい続けよう。


 彼女は優しい素敵な人だった。

 他の人に「親友なの」と私を紹介されたときに、イジメの話を彼女には一生話さないでいようと思った。

 

 話してしまえば、彼女は私のことを許してしまうかもしれない。

 でも、わざわざ辛い記憶を思い出させて許してもらって、私は確かに楽になる。

 ──彼女は?

 そう思った私は、彼女に昔の話をしないことを決意した。



 大学でアイツに再会した話も、もちろんしていない。

 アイツは上手く化けていた。

 清楚なお嬢様を気取っている。

 周りはみんな騙されていることに気がついていない。

 私が言っても信じないだろう。

 中学からは距離をとっていた私を、アイツはすっかり忘れていた。私の家が高校に上がるタイミングで引越しをしたせいか、出身地も違うと勘違いしているみたいだから当然だろう。

 うまいこと取り入ってアイツとトモダチになったけれど、なかなか隙が見えない。

 社会人になって、同じビルにある会社に勤めることになったのは、ただの偶然だった。



 そして転機が来た。

 上手く行くか行かないか、私にとってそれは賭けだった。


 アイツのSNSでプロポーズの報告という名の自慢があったその日に、彼女から近くに引っ越してくるという話を聞いた。近くに住むことになるねと話しながら、私はずっと考えていた。

 ずっと見ているアイツのSNSは、嘘と自慢で溢れかえっていた。その中には、『イジメ』についての記事もあった。


 <イジメをするなんて信じられない、ひどい、かわいそう、涙が出ちゃう>


 ウソツキ。

 コメント欄ではお仲間達が「やさしい~」だの「ひどいよね」だのと賑やかしている。そのうちの一人が付けたコメント。


 <俺もイジメはよくないと思う。イジメをする奴は最低だね。

 君の優しいところが大好きだけど、あまり傷つき過ぎないようにね。>


 いらっとした。

 完全に騙されている。

 そして、そのコメントへのアイツの返信もむかついた。


 <いつも心配してくれてありがと。大好きだよ>


 そうか、このイジメをする奴は最低だ、なんていう男が恋人なのか。

 もしプロポーズした相手がイジメをするような奴だって知っても愛せるのかな?


 最初はアイツの過去を婚約者にばらしてやろうと考えた。

 でも、所詮は小学生の頃の話。

 そんなんじゃ、アイツの嘘にまた騙される。


 そもそもアイツは覚えてるの?

 

 勤めている会社で事務員の欠員が出て、アルバイトを探そうという話題が出たときに思った。ちょうど、彼女がパートを探そうと言っていたことを。条件が彼女にぴったりだということで、彼女に話を振ってみると乗り気だった。


 もし、覚えていたら、彼女に会ったアイツはどんな顔をするんだろう……?

 私のことも思い出すに違いない。


 彼女を利用するようで気が引ける部分もあった。

 それでも、アイツへ一矢報いることができるという期待感が上回った。

 それに彼女だって、たとえ覚えていなくたって復讐できるんだからいいよね。

 そして、彼女は私と同じ職場でアルバイトすることになった。


 それからしばらくして、アイツのSNSの記事が滅多に更新されなくなった。

 それまで優しい私を演じるためにしていたイジメの話がぴたっと止まった。


 なんだ、覚えているんじゃない。

 もちろん私のことも、思い出したよね?

 いじめたことすら覚えてないなんて、あんまりじゃない。



 だけど、オフィスビルで久しぶりにあったアイツは、私にいつも通りにあいさつしてくるだけだった。

 覚えていないの?

 彼女のことは覚えているのに、私にしたことは何一つ覚えていないっていうの?

 私のことなんて覚える価値もないの?


 心の中が真っ黒いもので支配されていく。

 そう、まだ足りないのね、私のことを思い出すのには。


 私はもう少し後押しする。


 アイツの会社の同僚の女の子がいる休憩所で、私の会社の同僚と会話する。


「女って結婚が決まった途端に、内心で上から見てくるよね」

「そういう女いるよね」

「そうそう、で寿退社なんかが決まってると、後のことはどうでもいいのか仕事が雑になるの」

「いるいる~」


 毒は、思いのほかよく効いたみたい。

 SNSに私のことをみんなわかってくれない、なんて同情を引くような記事が上がったのを見てほくそえむ。


 最近は婚約者からのコメントも減っているみたい。


 笑いが止まらない。

 そうよ、天罰なのよ。

 アンタ、私をいじめたことなんてすっかり忘れているみたいだもんね。

 ざまあみろ。



 朝、出社するとオフィスビルの入り口に立つアイツがいた。

 どんな顔してるのかしら。

 私はアイツの無様な顔を見に近づいた。

 そして声をかける。


「ねえ、覚えてる?」




──────────────────────



 ビルのエントランスで、女が一人あたりをキョロキョロと見回していた。

 どこかビクビクとしている。

 普段ならば綺麗に巻かれた髪も、今日はひとつに結んだだけ。

 服もありあわせを適当に選んだだけに見える。

 女は肩からかけたバッグに片手を入れている。


 そこへもう一人の女が近づいていく。

 にやにやと嗤いながら。

 楽しそうに足元まで弾んでいる。


「XXXXXXX」


 近づいた女が最初の女に声をかけた瞬間、振り向いた女の目が吊り上がった。


「おぼぉえてるわよおおぉぉぉぉ!!!」


 そしてバッグに入れていた手をもう一人の女へと突き出した。


 ザクリ


 女達が顔を見合わせる。

 キョトンとした顔。

 奇しくも同じ表情を女達は浮かべた。


 そして絶叫がエントランスに響き渡った。



──────────────────────


 テレビからアナウンサーがニュースを読む声が流れる。


『今朝8時半ごろ、○○市にある商業ビルの一階で女性が刃物で刺されたとの通報があり警察が駆けつけたところ、このビルに勤める◇◇ ◇◇さんが腹部を刃物で刺されて倒れているのを発見し、救急で○○病院に搬送、付近に刃物を持って立っていた○○ ○○容疑者を現行犯逮捕いたしました。取調べによりますと○○ ○○容疑者は「私が悪いわけじゃない」と繰り返しており………………』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最終的に幸せを掴んだのは二人目の女性か~。因果な話ですね。
[一言]  興味深く読ませて頂きました。  登場人物を三人にしているところが面白いです。  単純に加害者と被害者だけでなく、中間的な人物を出す事で物語に厚みが出ていますね。  もう少しストーリーを引っ…
2016/06/24 18:38 退会済み
管理
[一言] ちょうど伊藤潤二の本を二冊読んだ直後にこれを見たもんだから、脳内で全部伊藤潤二のキャラで再生され、ぞわぞわきた。。 暑い日はやっぱホラーですよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ