第九十三話 私、全ての観客を気絶させちゃいました。
勇者が歌い出した。
その歌は聴いた事の無い旋律であった。
心が騒つくように感じた。
酔いしれる程に上手い、勇者はこれほどの技能もあったのか。
そして歌が始まってすぐにそれは起きた。
指にはめていた指輪が光り出したのだ。
どういうことだ?
その指輪は『結界の指輪』という魔道具であり何らかの攻撃を受けた場合、自動で空中の魔力を使用して指輪に付けられた【結界】が発動する代物だ。
そして効果中は指輪が光るという物だった。
誰がどこから攻撃をしているのか?
「お父様、わたしの『結界の指輪』が反応しております。」
「そうか。
実はわしの方も反応をしておる。
ベルベゴートよ、其方は何か分かるか?」
近くに居るベルベゴートに声をかけるが答えは無かった。
「ベルベゴートよ!
聞こえぬのか?
・・・な!?
どうしたのだ、ベルベゴートよ!?」
不審に思いベルベゴートの方を見るとベルベゴートは脂汗を垂らして膝を付いていた。
その顔には何かを耐えるような苦悶の表情が浮かんでいた。
「お父様、皆の様子が何かおかしいです。」
急いで周りを見回すと他の者も恍惚とした表情や何かに怯える顔などの異変が起こっていた。
中には倒れ伏している者もいた。
なんだ、何が起こっている?
我らに、どんなスキルが使われている?
ふと勇者の方を見ると勇者の体が青白く発光していた。
そして気付いたのだ。
周りがおかしいほどに暗くなっている事に。
上を見ても遮る物は無かった。
しかし朝である筈なのに、周りは少しづつ暗くなっていった。
「お父様!
勇者様が、勇者様が宙に浮いてます!」
見ると勇者は発光したまま勇者の娘と浮かんでいた。
ピキ、カーン!
突然、何かが割れる音と共に頭が割れるような痛みと体が動かせない程の酷い気だるさを感じた。
そして草原に何かが現れ始めた。
武装をした怪物、見た事の無い魔物の姿。
勇者よ、もしやこれは、其方がやっているのか?
そしてその直後にわしは衝撃を受け気を失ってしまった。