第百七十一話 私、ジェニファーさんの様子を見ました。
『貴女、私と仲良くしましょう。』
あの人の言葉がまた脳裏に過る。
それと同時にまた顔が熱く火照っていくのを感じる。
熱を追い出す為に暗がりの部屋の中で大きく息を吐いた。
あんな風に親しげに声をかけられたのは母上以外に居ただろうか?
記憶には・・・ない。
本当に不思議な出逢いだ。
唯、他の貴族に異界の勇者に挨拶をしようと誘われて。
唯、伯父さんから勇者の話を聞いてて興味が有って。
だから仮面を付けてあの人に逢った。
難儀なスキルを持っていたから人と逢うのは好いていない。
それでも、伯父さんの話を聞いて生まれた好奇心が勝ったから逢った。
挨拶と言われてもこちらから何か言う事は無い。
唯、今回はその場に居合わせればいいだけだと思っていた。
実際にあの人に逢ってからこちらは一言も話さなかった。
名乗りもしなかった。
あの人からお茶やお菓子を勧められて食べはしたがそれ以外は何もしていない。
お茶やお菓子は甘く芳醇な香りでそれらに疎くとも上質な物だと分かった。
あれだけでも来た甲斐は有った。
あの人を見た時、綺麗だと思った。
母上や姉様とはまた別の美しさが有った。
流れるような黒い長髪、卵のような白くつるりとした顔、華やかな笑顔、しなやかな手脚、肌触りの良さそうな異界の服、それらが見事に合わさっていた。
ツペレラン家の話を聞き流しながらあの人の様子を伺っていた。
あの人の持っている不思議な道具という異界の魔道具。
それに今回はその異界の魔道具に興味を持った。
魔道具は好きだ。
過不足を補ってくれる大事な物だ。
そして魔道具を作る事ができる稀有な才能もあった。
あの仮面も魔道具の一種であの難儀なスキルの効果を軽減する効果がある。
多くの手作りした魔道具の一つだ。
いつの間にかツペレラン家の話が終わり挨拶は終わり帰る直前の時にあの人からあの言葉をかけられた。
『貴女、私と仲良くしましょう。』
聞いた時、思わず呆然とした。
仮面の魔道具であの難儀なスキルの効果を軽減しているとは言え嫌悪感は感じているはずなのにだ。
『ふふ、私の不思議な道具に興味があるみたいだからこれをあげる。
友達の証だと思って受け取って。』
あの人から本を受け取って。
その言葉を聞いて、その後は思い出せない。
唯、思い出す度に顔が今までに無い程、熱を持って火照るのを感じる。
気付いたらいつもの暗がりの自室に戻っていた。
まるで嘘のような、夢の出来事だったのかもしれない。
しかし、今も破れてしまうのではないかと心配になる程強く抱き締めたあの本があの出来事を真実だと物語っている。
本が破れてしまう前に力を抜いていく。
目の前に持ってきて見てみるが魔道具特有の魔力の波動を感じない。
丈夫そうな革の表紙に上品な装飾の分厚い本だ。
唯の本なのか、異界の魔道具だから魔力の波動は無いのか。
少し読んでみよう。
異界の本を読めるか分からないがあの人から貰った物だ。
試しに読んでみよう。
『始め・・・』
パタン!
急いで本を閉じた。
辺りを見回すが他に誰も居ない。
空耳だろうか?
扉に耳を付けても外からは何も聞こえてこない。
周囲にも人は居ないようだ。
・・・空耳だろうか?
もう一度本を開いてみる。
『はじ・・・』
パタン!
・・・あの人からとんでもない魔道具を受け取ったようだ。