第百四十五話 私、狼の魔王の夢の中に入りました。
大地は荒れ果て緑も川も枯れ果てていた。
空には暗雲の中を稲妻が走り抜けていた。
そして一人のローブを着た青年と山のような大きさの狼が争っていた。
青年が手を振り下ろすと空から狼の頭ほどの巨石が降り注いだ。
狼は巨大に似合わず軽々とかわしていく。
そのまま狼は青年の方に駆けてその闇のような大穴の如き口を開いて青年を喰らおうとする。
青年の周囲には極彩色の結界を張られ狼の牙が届く事はなかった。
そのまま狼は結界ごと青年を口に咥え天高く放り上げた。
そしてまるで魔物の軍勢の足音の如き遠吠えをした。
青年を覆っていた極彩色の結界は少し振動したかと思えばガラスが割れるような音を出して割れた。
極彩色の結界の破片と一緒に青年は狼の口の中に落ちていった。
突然狼の首が膨れ破裂した。
青年が魔法で破裂させたらしい。
しかし、狼は首から上を失ってもその巨大は動き続けた。
青年を押し潰そうと暴れ回った。
脚で大地を抉り、巨体で空気を揺らした。
青年は狼に魔法で体を削り潰して燃やしていった。
そして、遂に、狼の体は動かなくなった。
狼の居た場所は光の粒子が溢れその場には多くの綺麗な玉を残して狼の姿は消えた。
そして場面は戻り青年と狼は闘い始めた。
私は今、狼の魔王の夢の中に居る。
ずっと狼の魔王は青年と闘っていた。
多分、あの青年が昔の勇者なんだろうね。
いや、あんなにスキルを使ってるけど凄いね。
私は魔力が無尽蔵なんだけど普通はあんなに大規模の魔法を連発するには難しいんじゃないかな。
流石は勇者ってことだろうね。
限界が見えないよ。
ただの夢の中だから【鑑定】してもステータスは見れないしね。
狼の魔王にとってこれは悪夢なんだろうか。
闘い続ける夢。
そして敗北し続ける夢。
1世紀近く見続けた夢を見て狼の魔王はどう思ってるのかな。
でもこれじゃ話は聞けなさそうだね。
「昔の勇者さん、消えて。」
大規模な魔法を打っていた青年が跡形も無く消えた。
グォォォォォォォォォォ!!!
消えた青年を遠吠えをしながら探す狼の魔王。
「狼さん、小さくなって。」
グゥゥゥゥゥゥ。
狼の魔王が手頃な大きさになったから私は近付いた。
夢の中だから一歩歩いただけで狼の魔王の目の前に現れてた。
『ここは仮初の世界。
我が意思によって構成された世界なり。
汝はその理に干渉した。
汝は何奴か?』
あれ、他の魔王とは違って頭に直接響いてくるね。
「やぁ、狼の魔王。
私は勇者の早乙女 雫。
貴方を配下にした人だよ。」
『我を配下にしたと申すか?
成る程、確かに其方と何かの縁を感じようぞ。
しかし、我は魔神の駒なり。
勇者と名乗る者に従う道理は皆無であろう。』
「へぇー、貴方は魔神の事を知ってるんだ。
今、ゴブリンの魔王と不浄蟲の魔王にも聞いたんだけど魔神の事を知らなかったんだよね。」
知ってるなら嬉しいね。
あの二人の魔王とどんな違いがあるのかも知りたいしね。
『我以外にも魔神の駒を手に入れたと申すか。
ならば力を示されよ。
我が目覚めた時に我と闘え。
我と死闘をせよ。
勝てれば其方に従おう。
負ければ、命を奪わせてもおう。』
もしかして戦闘狂?
威厳たっぷりに言ってるけど君、現実では寝相で足をバタバタ、尻尾をフリフリ、耳をピクピクさせてるんだからね。
「ふ〜ん、言っとくけど私もあの青年みたいな事は出来るよ。
はっきり言って貴方が私には勝てない。
だって私はあの青年よりも強いから。
第一、貴方の意思に関係無く私は貴方を従わせられる。」
極彩色の結界を破ったのは少し注意をしたいけどね。
『それは百も承知ぞ。
しかし、我は我が認めた者以外に従う事は出来ん。
それに我は其方と闘いたい。』
へぇー、力量さが分かっていても闘いたいんだ。
戦闘狂だけじゃなくて本能に真面目なのかもね。
犬って上下をはっきりさせたがる動物らしいし。
「・・・分かった。
ならさ契約をしよう。
この夢の世界で私と瓜二つの存在を作ってあげる。
それと闘えばいい。
貴方が勝てたら私と闘ってあげる。
貴方が負ければ現実では戦わない。
時間の節約にもなるし、貴方は私の闘い方が分かる。
どう?」
《魔王の契約》の本来の使い方か。
久しぶりに使うな。
この世界に来て初めて使うのが決闘の契約だなんてね。
とりあえずあの子を指し向ければなんとかなるでしょ。
『・・・承知した。
それでも構わない。』
「では楽しんでね。」
私はあの子を呼び出して狼の魔王の夢から出て行った。