第十一話 私、抱き締められました。
私はヤハル・ゲルニクス。
しがない侍女でございました。
はい、過去形なのでございます。
今は勇者様、シズク・サオトメ様の教育係を受け持たさせていただいています。
本来は私のようなしがない侍女ではなく、賢者様、ウォンバット様が勇者様の教育係をする手筈になっておりましたが、
『息子が、息子が戻ってこんぞー!?』
と叫びながら城中を駆け回るという奇行に騎士様に取り抑えられてしまいました。
いつもは冷静沈着な方で遠方の事をも知っている素晴らしい方なのですが今回の御乱心は先王が崩御された時ぐらいだと私の上司が言って不思議そうに首を傾げていました。
はて?
ウォンバット様には御子息と言われている方は居なかったと記憶しておりましたが。
しがない侍女である私が知らなくても後継者や養子の方がいらっしゃったのかもしれません。
そんなところで勇者様の教育係を誰にするかという話が出て、手が空いていて尚且つ勇者様の教育係になっても困らない者として私に白羽の矢が立ちました。
新米侍女の教育はしましたが勇者様の教育係になるとは存外でございました。
私の上司は、
『常識が無いからこの世界の常識を教えな。
だから新米侍女よりも手が掛かるだろうが頑張れ。』
と言っていました。
勇者は言葉は魔導士様、ベルベゴート様の召喚陣で分かるようになっているらしいのですが。
心配が尽きません。
〜〜〜〜〜
私は今、勇者様と二人で話しております。
とは言うものの、私が質問して勇者様がその質問に答えるという流れです。
新米侍女の教育もまずは相手を知る事から始めます。
その方がどのような生活を送ってきたのかを知ればその方の長所、短所が見えてきます。
後はその方に合った教育を行えば一週間もあれば大抵の方は侍女としての仕事をある程度こなす事が出来るようになると私は思っております。
それにしても勇者様の答えはとても興味深いものでした。
まだ、子供で可憐という言葉がとても似合うその容姿で魔物を倒した事がある。
答えの節々に親や兄弟、助けになる親族は居ないという事。
大人でさえ魔物を倒す事は危険であると言うのに勇者様は淡々と魔物を倒したと答えておりました。
他にも私達の世界と勇者様の世界の似通った所が幾つも上がりました。
聞くと勇者様の世界では勇者が魔王に敗北しその魔王は神をも倒したと言われておりました。
私はその様子から勇者様が嘘をついていないと確信しました。
私はその答えている間に表情も浮かばない勇者様の顔を見てなんとも言えぬ思いになりました。
子供がしていい表情ではないと思います。
さぞ怖い思いをした事でしょう。
さぞ寂しい思いをした事でしょう。
魔王に支配された世界。
その厳しく辛い世界から来た感情が麻痺してしまった少女を勇者として私達は召喚したのでごさいます。
その世界で一人で戦って来た少女を私は強く抱き締める事しか出来ませんでした。
私達はこの少女をまた戦いの世界へ、今度は魔王の元に向かわせるのです。
私はせめてこうして抱き締めて上げる事ぐらいしか出来ません。
勇者様は何も分かっていない顔をしていました。
人として欠けてしまってはいけない感情が欠けた少女。
私は常識と合わせて人に愛される事を教えていく事を女神メカルーネ様に誓いました。