俺と主と世界の理
俺の主は可愛い。
それはもう、べらぼうに。
「あーるじっ」
「貴様、何をにやにやしておるか」
不機嫌そうに眉根を寄せたって、その可愛さは少しも損なわれない。
いや、それどころか、ぷくっと頬でも膨らめれば、最強だ。
主は、精霊遣いと呼ばれる一族だ。
精霊遣いは、霊獣と呼ばれる異形に名前を付けて式として使役する。
そう、つまり俺は、主の言うところの霊獣にあたるわけだ。
俺が主に名前を付けられたのは、三年くらい前のことになる。
主は当主候補として、それなり式のを手に入れなければならず、どんな因果か、主が選んだのは俺だった。
というよりも、まぁ、俺が選んだのが主だったと云えなくもない。
俺は暫く(とはいえ、人間の世界では1000年くらいだろうか)人間に仕えることから逃げてきた。
面倒だったのが半分と、あとは仕えても良いと思えるような奴がいなかった、というのが正直な所だ。
そんなとき、久しぶりに呼び出されてみれば、目の前にどんぴしゃ好みがいたのだから、これはもう頷くに決まっている。
そんな訳で、俺は主に仕える式になった。
「ねぇねぇ、主。口開けて」
主の側にいるときは、俺は大抵人型を取っていた。
勿論、主の役にたてるように、身長も身体能力もばっちり主より高く設定している。
そんな訳で、主の躯は俺の腕の中にすっぽり入るし、抱き上げたり背負ったりも造作ない。
「なんじゃ、突然」
「良いから、良いから」
訝りながらも、ぱかっと口を開けてくれる主を抱きしめたい衝動を抑えつつ、俺は右手に隠していた果実を、ぽんと主の口に入れた。
「む」
「ね、主。美味しい?」
「うまい! なんじゃ、これは?」
きらきらと輝いた主の目に、俺は嬉しくなってにっこり笑う。
「木苺だよ。気に入ったなら、また取ってくるね」
「気に入った。ありがとうな、×××」
主の呼んでくれる名前は特別だ。
勿論、主以外には呼ばせるつもりもないのだけれど。
主はどうやら、しっかりした後ろ盾と言うものがないらしい。
それがあるのとないのとでは、立場と言うものが変わるらしいが、一応俺が式に下ったことで、その風向きも少し変わりつつあるようだ。そもそも主は、他の精霊遣いに比べても格段に若い。
というより、幼い。以前主に尋ねたら、まだこの世界に生まれてから12年しか経っていないらしい。
つまり俺と主が出会った時は、まだ人の手で足りるくらいの年齢だったと言うことだ。
かつての家主だった主の父親が亡くなったため、家を存続させるためには、どうしても主が早急に精霊遣いにならなければならなかったらしい。
そんなことを、主はぽつりぽつりと話してくれた。
だから主は、基本的にはいつも強気で人と接する。
でも最後は疲れきって、へろへろになるのだ。そんな主を知っているのは、俺だけだ。
「あーるじっ」
「うん?」
「俺、一生主について来ますから。ちゃーんと、主が死ぬまで一緒にいます」
肉親を亡くしている主は、死を畏れている。
だから俺は、主の一生分は人の世界に留まることに決めたのだ。
100年くらい、俺には大した時間ではない。
可愛い主が笑っているのなら、俺はそれで幸せだ。
「あるじー」
「語尾を伸ばすでない。何を不満そうにしておるか」
後ろから抱き着くと、不機嫌そうな瞳が振り返る。
「だって、あの可愛かった主がさぁ」
いつの間にか身長は同じくらいになっていて、俺の頭は難無く主の肩に乗せられる。
がりがりにも近かった身体は、それでも少しは肉がついて、そのくせ凹凸はしっかりついているのは、何だか納得いかない。
「悪かったの、可愛くなくなって。貴様、やはり幼女趣味か」
「失礼だな、俺は幼女趣味じゃなくて、主趣味。別に俺、可愛くないとは言ってないでしょ」
「それなら、なんじゃ」
「可愛いだけじゃなくて、こんなに綺麗になるなんて、本当、俺どーしたら良いんだろ」
「どう?」
「俺は主だーいすきってこと」
「た、たわけたことを言うでない!」
照れたような主は、やっぱりべらぼうに可愛かった。
そらみみプロジェクト その6