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「それじゃ、あの女の人って、『天宇受売』様なんですか?」
美鈴があえかにたずねる。
「はい。神楽を踊るものなら誰もが知る芸能の神様です。――そして、『真心錬気道』の開祖とも云われています」
自分の家へと帰ってきたあえかは、いくぶんくつろいだ様子で渇いたノドにコクリとお茶を流しこむ。
ひどい火傷とケガを負った金剛は、病院へみずからの足で赴いた。
腕を折られたはずの大沢木は、夜がちかづくなり元気を取りもどして今では平気であぐらをかいていた。
日和は帰るなり、ブラウスとロングパンツに着替えた師匠に、露骨な落胆の表情をうかべている。
そのほほには、あえか作の紅葉の葉が大々的に咲いている。
着替えをのぞこうとした罰だった。
反対側には、美鈴作の傑作が腫れている。
「あの四匹の妙な生きモンなんなんだよ?」
大沢木はすっかり治った肩をぐるぐる回しながら、あえかにたずねる。
「猫だかイタチだか、ずいぶんユニークなやつらだったが」
「昔捕まえた野良のモノノケです。術式で鎖をつけて、飼い慣らしていました」
「笛とか楽器持ってたぜ?」
「……聞かないでください。過去の過ちです」
あえかはそう言って深く追求されるのを避けた。
「とにかく、わたしは今の自分を変えるつもりはありません。美鈴さんからいただいたこの鏡は今度こそ人の触れない場所に隠しておきます」
「あ」
美鈴が口を開きかける。
「なんでしょう?」
不思議そうなあえか。
「いえ! その……なんでもないです!」
パタパタと手をふって、美鈴は下を向いた。
「それでは、これで事は解決しました。お帰りなさい」
「師匠」
日和が口を開く。
「はい?」
とあえか。
「なんでそんな大事なこと、黙ってたんですか?」
「大事なこと?」
「オレたちが入門テストした洞窟のなかに、師匠の半身が封印されてるって事です」
「……あれはわたしじゃありませんと、あなたは今までの話を聞いていましたか?」
あえかは問答無用の口ぶりで答える。
「でもだいじょうぶッス。オレ、気にしません」
「気にする必要などありません。一生忘れなさい」
「夫婦に秘密の一つや二つあったほうが正常なんです!」
あえかは殴った。
日和がくずおれる。
「……誰のせいでこうなったと思っていますか」
拳をにぎり固めて、あえかが日和を見下ろす。
「えっ、なんで? オレ、なにもしてない!」
「そういえばあなたには、地獄の特訓メニューを予約してましたね」
あえかはえり首をつかんだ。
「二時間ほど付き合いなさい」
「え! そうッスよね! 夜と言えば二人の時間――」
「もう一度滝のなかにぶち込まれたいのですか?」
「またまた」
「滝に打たれるのをも修業の一つですわ」
にこりと笑うあえか。
日和は笑顔を一瞬で泣き顔に変えてみせた。
「いっちゃん助けて!」
引きずられながら玄関のほうへと去っていく日和。
居間には大沢木と美鈴が残される。
「……わたし、帰るね」
美鈴は立ち上がった。
「……ああ、いや、待……その」
歯切れの悪い言葉で、大沢木がとまどう。
「なに?」
「あの、よ。おまえって、みすず、なのか?」
大沢木はたずねた。
不思議そうな顔をする美鈴。
「うん。決まってるじゃない。あたしは南雲美鈴」
「いや、そうじゃなくてだな……ああ! ちくしょう!!」
大沢木は髪の毛をクシャクシャとかきむしった。
「ありがとね」
美鈴は声をかけた。
大沢木が動きを止める。
「じゃ、また明日!!」
と言って、美鈴は居間を出て行った。
取り残される大沢木。
「…………」
大沢木はフゥ、と息を吐いた。
「ま、いいか」
立ち上がると、縁側に脱いでおいたクツを履いて道場へと向かう。
「ていや!!」
道場へ入ると、日和が宙を舞っていた。
あえかは道着ではなく、普段着のままで鬼のような連続投げを日和相手に披露している。
「だれか――たすけ――」
「せいやァ!」
ドスン
一本背負いが決まった。
それは柔道の技だろ、と苦笑する。
「ここじゃったか」
あたまに包帯や湿布を貼った金剛が、巨体を縮ませて戸をくぐってくる。
「はやかったじゃねーか」
「夕飯を馳走になろうと思ったがの。どうやらしばらくあとになりそうじゃのう」
あえかにぶんまわされている日和を見て、「よいしょ」と床に座り込む。ちゃっかりその脇に一升瓶を抱えている。
左手にもったお猪口に清酒をつぐと、包帯を巻いた口に流しこむ。
「くぅぅぅ!! ケガの時はこれにかぎる」
「酒は百薬の長、だっけか」
「医者にかかるより効くわい」
どこまで本気なのか分からないが、大沢木は笑った。
「なぁ、あんたはなんで、”総社”になったんだ?」
「む、興味があるか?」
「まぁな」
「オヌシにも資格はある。じゃが、ながい人生、かかわり合いにならぬほうがよいこともある」
金剛は酒を汲む手を止め、日和を見た。
「……その年で人生を見極めるには、若すぎるわ」
グビリ、とのどに流し込むのを、大沢木は無言で見つめた。
「まぁ、いいさ。俺は――」
「おっまたせー!!」
大沢木はおどろいて背後をふり返った。
美倉みすずがいつものくるくる巻髪で玄関から登場する。
「あれ? なんで、帰ったんじゃ――」
「えーなに言ってんのー? 今来たところだよー?」
大沢木はちんぷんかんぷんになって頭をかかえる。
美鈴は口元に手を当て、にふ。と笑った。
女はモノノケよりタチが悪い。
「お師匠様ー!!」
美鈴が手をふると、壁に放り投げた日和から目を離してあえかがほほえむ。
「こんばんわ。みすずさん」
「今日も稽古をおねがいします」
「ええ。わかりました」
「た、助かった……」
ボロボロになった日和が、壁でクタ、と首を曲げる。
みすずが駆けていく。
『真心錬気道』――それを極めるには、まだまだ長い年月が必要なのであった。
(完)
最後まで読了いただきありがとうございました。
次巻を「二霊二拍手! 巻之二」として別タイトルで掲載しております。続きが気になられましたらそちらもお楽しみください!




