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二霊二拍手!~昇天巫女様とゆかいな下僕-アコースティックVER.-~  作者: にゃん翁
第一話 少女霊椅譚(しょうじょれいいたん)
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「遅かったですね。春日君」


 出迎えてくれた師匠は、神社の掃除をしている手を止めてにこりと挨拶した。

 汗だくになって階段を上がってきた日和は、「ちょっとしたハプニングに巻きこまれまして」と力なく笑う。


 結局自転車はチェーンを元に戻しても直ることはなく、粗大ゴミとして坂をのぼる羽目になった。今日の帰りがけにでも修理屋に行こうとおもう。

 師匠のとどろきあえかは、いつも通りに巫女装束で掃除をしていた。


 これはコスプレではない。

 正式な衣装なのだ。


 白磁はくじの肌に初々(ういうい)しい白衣のハオリと鮮烈な朱のハカマは目もくらむほどにまぶしく、日本古来の伝統を着こなすうるわしい美女の姿は、清純かつ可憐、眼福がんぷくきわまりないモノであり、日和に最高のいやしを与えてくれた。


「それではすぐに着替えて道場へ行きます。あなたも用意してください」

「了解っす!」


 日和は二つ返事で道場へと数歩進み、ささっと近くの草場に隠れる。


 歩み去っていく巫女服に、つかず離れず影のように後をつける。


 境内にある轟家宅へと入っていく姿を確認すると、ゴキブリのような姿勢で「すすささ」と縁側えんがわをつっきり、一目散に目当ての場所へ向かう。


 そう、なぜならそこにチチがあるから。


 目当ての場所は、轟あえかの私室だった。轟家は古めかしく瓦屋根の建物で、あえかの私室は風呂場あたりに伸びる雨どいを伝ってあがることができる母屋の二階にある。

 轟あえかに家族はいない。というより、少なくとも日和は見かけたことはなかった。それなりに大きな旧家に一人で住む美女。その寂しい身体を温められるのはこのオレだけ。このからすま神社は師匠と俺の愛の巣なのだ。

 だがその愛の巣にたまに、厄介な邪魔者が進入してきたりする。

 日和は壁にぴたりと寄りい、玄関から母屋のなかをそっと伺った。


 途端に、ぷぅん、と酒の臭いが鼻をつく。


 今日も来てやがる。日和は心の奥で呪った。


「うぃ~、ひっく…っとくらぁ」


 ぴかりと陽の光を反射するハゲ頭。


(あんのなまぐさ坊主、人の良い師匠につけ込んで、また昼間っから蟒蛇うわばんでやがる)


 日本酒の大瓶を小脇に抱え、一人酒盛りする図体のでかい人物は、とろんとした目つきでおちょこを口に運んでは、だらしない声を上げている。着崩した袈裟けさはぼろぼろで、一見すると乞食こじきに見えなくもない。


 金剛。


 名前を日和はそれだけしか知らない。彼の目撃したかぎりかならず酒瓶を抱えて出来上がっている。鳴神神社の居候いそうろうだ。

 奴が母屋にいるなら、正攻法(=玄関特攻ぶっちぎり)では二階へたどり着くことはできない。

 ならばやはり、方法は一つしかない。

 日和はけわしい目で、雨どいを見据みすえた。


(早く行かなければ着替えが終わる!!)


 今日のミッションだ。

 雨どいをつたって窓から直接あえか様の寝室へ忍びこむ。音を立てたら失敗――おそらく死亡。外から様子をうかがい、あえか様の天女のような裸体をおがむのだ。


(できるか? このオレに)


 わなわなとふるえる手をにぎりしめ、はるか頭上の窓をあおぎみる。


(今日こそは!!)


 男は生きているかぎり上を目指さなければならない。なぜならそれが生きるということだからだ。目標のない明日に意味などない。目標というものは高く、気高いほどに、人の心を感動させる。世界一高い山に登る登山家に聞いてみろ。「そこに山があるからさ」と答えが返ってくるだろう。


「いざ、出陣」


 管はすべりやすく、靴を脱ぐのが必須のようだ。

 鼻息も荒く雨どいに手をかけた日和、持ち前の根性を発揮はっきし、音を立てないように細心の注意をはらって這いのぼる。

 もう少し、もう少しだ……

 興奮が身体をつつむ。


「はー。はー。」


 声は出さなかったが、鼻息が荒かった。

 懸命にあがろうとするが、坂を上ってきた疲れからか、手がしびれてきた。

 耐えろオレ。くじけるなオレ。負けるなオレ。この手に勝利をつかむんだ。


「ほれほれ。どうした」


 下から聞こえてきた声に目を落とすと、うわばみ坊主が酒瓶とおちょこを手に日和を見ていた。


「のおっ」


 手がすべった。

 地面まで一直線にすべり落ち、派手な音を立てて股間を地面にぶつける。


「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 押し殺した声で呪詛じゅそのようなうめき声を上げる日和に、うわばみ坊主がおちょこを差しだす。


むか?」

「いらんわ!!」

「うむ。未成年が酒を呑んではいかんな」


 なら進めるなよ、と思いながらも、日和は光りかがやく頭頂部を見上げる。


「いつから見てた?」

「おぬしが戦に出かけるところからじゃ」

「はぁ?」


 やっぱりこのオッサンはよくわからねえ。

 だが、それより重要なことがある。


「たのむ金剛サン! 後生だ! いまの見たことは師匠には黙っててくれ!!」

「なぜじゃ?」

「なぜって、師匠にばれたら」

「なにを黙っているのですか?」


 冷たい冷気が日和の背中を襲った。

 道着に着替えたあえかが、優しく微笑みながら立っている。

 その背後に般若はんにゃの面が浮かび上がるのを見た日和は、己のたどる運命を悟った。


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