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「強えぇ…」
日和はそら恐ろしげに目の前の黒い服の人を見た。
これがあの溝口か?
いつもぼーっとして、まともに生徒としゃべったことすらなかったのに!
「これでもひと通り格闘技の経験はあるのですよ」
日和に向けて余裕に説明してみせる。
「われわれはエージェントですから、失敗することはゆるされない」
「ぬぅぅぅ」
ドスン、と金剛が片膝をついた。
プスプスと、炎に巻かれた余韻が金色に身体を苛んでいる。ケロイド状にヤケドした皮膚が、巨躯の破戒僧の顔を凄絶なものへと変えていた。
「さてと、春日君」
「このヤロウ、相手になるぜ!」
言葉と裏腹に、隠れ場所を必死になって捜す日和。
旧校舎以外に目立ったものはない。
「しまった-! 万事休すかー!!」
「……さすがにあなたを”総社”の人間とは判断しませんよ」
苦笑をうかべ、溝口は手をさしのべる。
「あなたには、こちら側にきていただきたい」
「へ?」
頭をかかえてもだえていた日和がキョトンとする。
「姫がお呼びです」
溝口が身を引くと、鏡をもった美鈴がしずしずと歩いてきた。
「日和」
目に涙を浮かべ、日和を一心に見つめる。
どきん。
「どきん!?」
日和は自分の胸に手を当て叫んだ。
「まさか、心臓に病が……」
認めたくないがゆえの発言。
美鈴はどこか夢うつつのまなざしで、日和のもとへと一歩一歩進んできた。頬にはうっすらと赤みがさし、うるんだ瞳がただ自分だけを見ている。
どきんどきん。
「ぐぉぉぉぉ!! だめだ! ダメだぞオレ! 二兎を追う者は一兎をもえず! オレには、オレには師匠という未来のパートナーが……」
「日和」
そばかす混じりの表情が妙にういういしい表情で近づいてくる。なぜか、委員長の顔がこれ以上ないほどにかがやく清純可憐なアイドルの貴重な一瞬のように映る。
「ひぃぃぃ……心が! 心が折れるぅ!!」
「しっかりしなさい! 美鈴さんは操られているだけです!! 取り込まれてはいけません!」
「そ、そんなこと言ったって師匠……」
ふりむいた日和の目の色が変わる。
やぶけた巫女服からこぼれる無垢な肌。
裂かれた胸元からのぞく豊かなふくらみ。
普段は朱袴に隠されて拝み見ることのできない張りつめたふともも、ざっくりと縦に裂かれた場所から桜色の布地が春の木漏れ日のように視界をよぎった。
「こ、こら! こちらを見るんじゃありません!」
真っ赤な顔して必死に衣服の隙間を隠そうとする。
プツン
日和の切れやすいところが切れた。
「フフフフフ……」
フォォォ…
おおきく息を吸いこむ。
彼の周りに、強力な妄執の念が噴き溜まる。この世にあるすべての邪念が彼へと集まっているかのようだ。
赤く血走った目がギラリ! と光る。
「ごっつあんがおーーーーーーーーー!!」
理性の吹きとんだ獣があえかに向かって突進した。
美鈴の目が点になる。
あえかは裂かれた衣服をかばうことをやめ、一匹の獣と化した愛弟子に向けて身構えた。
怪しい手つきの腕をはらい落とし、空中で襟をつかむと、いきおいを利用して空の彼方へ届けとばかりにぶん投げる。
「せいやァ!!」
日和は豪快に宙を舞った。
ゴンッ
地面に落ちたときに石にぶつかる。
「きゅぅ」
バタンとその場につっ伏す日和。
その頭からきれいな赤い水がぴゅーっ、と噴きだし、地面を汚した。
あえかはつまらないものでも投げ捨てたように、両手をパンパンとはたき落とす。
「ば」
美鈴は肩をふるわせながら、手に持っていた鏡を振りあげた。
「ばかああああああああああああああ!!!!」
鏡は直球ストライクで日和めがけて飛んでいき、その頭で「パリーン!」と割れた。
「あ」
神父が目を点にする。
あえかははらっていた手を止めて顔を蒼白にさせた。
すべては日和のせいだった。




