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 田舎いなかの夜は静かだ。


 ほとんどの店は19:00にもなれば早々に閉じ、シャッターを閉めて灯りは極端に少なくなる。夜の客相手の食事処や飲み屋、専門商売の店だけがぽつぽつと頼りない灯りを投げかけるばかりである。


 国道沿いに広がる田や畑は濃密な夜の影に覆われ、帰りを急ぐドライバーたちが列をなしている。植えたばかりで幹の短い稲は子供のようにちんまりとした緑の葉をかかげ、来たる収穫しゅうかくにそなえて眠りについている。足元にはアメンボやオタマジャクシがわが物顔で泳ぎ、カエルが元気にオンチな歌をくり返す。


 黄色い灯りをこぼれさせる家々からは、夕食時の香りに包まれている。仕事を終え、くつろぐ食卓には談笑が広がり、元気そうにはしゃぐ子供はテレビに映ったアニメを見てよりいっそうにさわぎはじめた。チャンネルを変えるに変えられない父親は、苦笑いをうかべつつも幸せをかみしめ、リモコンを置いて外に目を向けた。

 そこを、巨大な影が走りぬけた。


「”青道”、右だ」


 東正龍は自らの式神の肩に乗り、的確な道を示した。彼のあやつる式鬼は一匹ではない。中には、足の速さが自慢のやつもいる。

 彼は追われていた。

 理由は明確だ。

 それも、覚悟のうちであった。


「”総社”め」


 東は歯噛はがみした。

 これほど事が露見するのが早いとは思わなかった。それもこれも、あのクソ女を始末しそこねたせいだ。

 そうなれば、自分がおとりなどと云うみじめな役を踏まずに済んだはずなのだ。


 一日を終えた町を駆けぬけていく一陣の風に、飼い犬の散歩にでかけた老人が突風でも吹いたのかとおどろきの表情を浮かべて首を巡らす。

 だがその頃には、東はすでに見えない位置まで走り去っている。


「!」


 へいの影からうす青色絹衣を羽織った人影が二人。

 式符を構えると、東に向けて放ってきた。

 東も学生服のうちから符を取りだし応戦する。


「厭悪鬼符!」


 投げつけた2枚の札は、相手の放った札から生まれかけていた二匹の鬼を呑みこみ、現世への勧請かんじょうを阻止することに成功する。


「おもった通りか」


 東は皮肉に笑った。

 殺す気だ。

 わかりきったことではあるが。

 ”総社”という組織に踊らされる青龍家の人間があわれに思えた。

 みずからの手札を無効化させられた陰陽師が露骨ろこつなおそれを顔にうかべ、迫ってくる鬼に悲鳴をあげる。

 その脇を、式鬼は駆けぬけた。


 東はなにもしなかった。


(……追いこまれている)


 いつの間にか、逃げている範囲がせばまっていることに気づいていた。

 ある一定の場所をとおると、いつの間にか見慣れた景色を走らされている。

 まちがいなく、結界の作用だった。

 それでも何度脱出を図ったか知れない。

 並の人間ならヤケになり、一般人の一人や二人――あるいは目につく者を片っ端から手にかけるほどの施行しこうと結末の繰り返しだった。その間、”総社”の攻撃がいつくるとも知れない。極度の緊張とプレッシャーの中。

 東はあわてることなく、冷静に状況を分析していた。


 あせりは死を招く。


 追われているものは、追う者よりも冷静でなければならない。

 そうでなければ、寝首はかけない。

 兵法というものを、彼は心得ていた。

 それら皮肉にも、今敵に回った青龍家によって叩きこまれた学問だった。


 また二人。


 蒼い薄衣をまとった陰陽師。

 青龍家の人間だ。

 東は式符を構えた。


「よぉ」


 隣から声がした。

 暗闇に紅い眼が、自分と逆がわの肩に乗っている。


「昨日は世話になったな」


 東は式符を投げつけた。


「我勧請す! 神砕く顎もつ破敵の剣――」


 式符が捉えるより早く、紅い眼の影は式鬼のアタマをつかんでひねった。

 ぐるりと回転し、顔の向きが逆になる。

 耐えようのない痛みに式鬼が雄叫おたけびを上げ、でたらめに手足をふりまわした。東の放った式符はひねりきられた頭へ飛来し、するどい牙でまるごとかじりとる。

 巨体は考える脳をうしない前のめりにたおれた。


「ちく――」


 地面へと投げだされる。

 紅い眼は足音も立てず、地面に着地した。学生服のポケットに手をつっこんで凶暴な笑みを浮かべる


「昨日の借りには、足りねえな」

「――大沢木」


 見上げた東は低くつぶやいた。


「へぇ、覚えてくれたのか。優秀生徒さんよ」


 青龍家の人間がその脇を固める。


「あとはわれらにお任せを」


「――しかたがない」


 東はユラリ、と立ち上がった。


「そんな――」

「正龍様の足が――」


「悪くおもうな」


 東は左右に手を振った。

 ふたりの陰陽師おんみょうし眉間みけんを太い針で貫かれ、他愛たあいなく絶命する。


「なんだ、立てるじゃねえか」


 大沢木はわらった。


「これが、僕が得た代償さ。あの方に、最後のねがいを叶えてもらった」


 東は十数本の針を両手に広げ、大沢木に投げつけた。

 そのすべてを見切る大沢木。

 そのスキに呪言をとなえる。


「我勧請す。盲目なる迷企羅めきら――這い寄る宗藍羅さんちら


 落とした式符から、黒い巨体をみじかい足で支える虎が現われた。

 虚空へと投げた式符からは、長く弧を描く翼の生えた黒蛇が現われる。


「喰らえ」


 声をかけると、影絵のような二匹の獣は滑るように大沢木へと近づいた。

 大沢木はバックステップすると、暗闇と同化するように気配を消した。

 その奥から、金色に光り輝く体がせり出してくる。


「ふんぬぅ!!」


 突進してきた鼻先を高質化した腕で押しとどめ、禿頭の坊主がちからを込める。


 巨虎が吠えた。


 耳鼻を振るわせ、辺りの民家の窓ガラスが立て続けに砕け散る。坊主の耳と鼻から、赤い血がだらりとこぼれた。

 仁王のごとき怒相でつるりと禿げあがったあたまを黒虎の鼻先に叩きおろす。

 のっぺりとした黒い闇がおおきくへこんだ。

 注意の欠けたその背中へ、宙を這いまわる蛇が忍び寄る。バチ、とその頭先に金色の光がはじけた。

 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)にふくれあがった破戒僧はかいそうの背に、人影が足をかけ宙へと踊る。


「オラよォ!」


 かけ声とともに光のはじけた場所へ大沢木は拳を撃ちこむ。耳障りな叫び声をあげ、黒蛇は八の字に蛇行し地上へと落ちてきた。

 ヒュン、と爪を一振りし、ながいからだを寸断する。


「遠当ての摩尼羅あじら――凪る安陀羅あんちら


 その間も、正龍は休まず式神を召喚した。


「どん欲なる和耆羅ばさら――問わぬ因特羅いんだら


 最後の獣を呼びだす。


 これで完成だ。


「退ける婆耶羅はいら――式符兎歩しきふうほ


 北斗をつかさどる七匹目の式神の召還とともに、東の姿がかき消えた。


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