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「日和を助けて! おねがい!」


 美鈴は神父につめ寄った。神父はわずかに身を引くと、触れないように距離をとる。


「はい?」


 やさしげな顔に疑問を浮かべる。


「日和が――崖から落ちそうなの! 助けて!」

「ふむ。それは可哀想に」


 神父は彼女の目の前で十字を切った。


「アーメン」


「助けてよっ!!」


 美鈴は絶叫した。


「大義に犠牲はつきものです。彼には可哀想なことをしました。運がなかったのですね」


 美鈴はその言葉を聞き、頭に浮かんだことはただ一つのことだった。

 手に持った鏡を振りあげる。


「汝、動くなかれ」


 ピタリ、と美鈴が硬直する。


「思い切ったことをする」


 わずかに冷笑を浮かべた神父は、彼女の両手から鏡を奪った。


 その瞬間――


 晴れた空に雷光がまたたいた。

 轟音ごうおんがとどろき、神父へと神の怒りが振り下ろされる。


「くっ――我傷つけることなかれ!」


 御言葉をとなえ終わるのがわずかに早い。

 雷は神父を直撃した。


「ぐ、お・お・お・お・お・おッ!!」


 電撃が体中を駆け巡る。神の御技によりはるかに威力は弱まっているが、それでも人一人をほふるだけの電力を持ちあわせてはいるようだった。


 次々と稲光が輝き、周りの樹の何本かに命中し、あたまから真っ二つに裂かれる。それを見た神父は、みずからの神と同じく、日本ひのもとの神にも畏怖を覚えた。


 鏡を取り落とす。


 落雷は唐突にやんだ。


「ぐはぁ! ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハァァ!」


 げ臭いにおいがする。服と、あと、皮膚にもいくらかやけどを負ったようだった。


「”神罰”……」


 地に転がった鏡を、神父は畏怖するように見つめた。


「異教徒は、認めないということですか」


 よろよろと、近くの樹木に肩を寄せる。

 チリチリと、髪の毛のほうに火の舌が伸びてきた。雷によって樹木が燃え、一帯を飲み尽くそうと火の波がそこら中へと舌を伸ばしている。

 まだ、事が知れるのはまずい。


「神は云われた。清浄なる雨よ。恵みをもたらしたまえ」


 空がにわかに曇り、ぽつぽつと降り出した雨が数瞬後にはどしゃぶりのように降り注いだ。

 みるみる火災は鎮火ちんかする。


「フゥ」


 肩を起こすと、聖書を「パタン」と閉じる。

 ブンッ、と振り下ろした美鈴の手には、何もなかった。


「あれっ! なんで――」


「南雲美鈴」


 神父はやさしくよそおうことをやめた。

 その声音に、美鈴は肩をふるわせて神父を見る。


「今、ワタシが行けば確実に春日日和にトドメをさすことになるだろう。それでもいいか」


 美鈴は恐怖の表情をうかべ、必死に首を横にふった。


「よろしい。彼がもし天命に拾われる身なら、たすかるだろう。おとなしくついてくるがいい」


 焼け焦げた帽子を深くかぶり、神父は雨に濡れた背を向けると、からすま神社をあとにするためしっかりとした足取りで歩きだした。

 美鈴は涙に濡れた瞳で洞窟をふりかえり、祈るような気持ちですぐ側にあるほこらに祈りを捧げた。


「拾え。おまえが持つんだ」


 声がかかると、祈りをやめて、いわれたとおりに鏡を拾った。

 一瞬だけ洞窟の奥に目を向け、涙をふりきって走りだす。

 降りそそぐ雨は、しばらくのあいだ、止む気配を見せなかった。


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