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「――あああああ――あれ?」
目を開けると、五体満足な自分を見てフー、と息を吐いた。
「夢か」
「夢なわけないじゃない!」
後ろから日和の頭をポカポカ叩く。
「いたっ! いたたっ! あれ? なんだこの感覚! デジャブか!?」
美鈴はあわてて手を止めた。
目の前で、東の呼び出した鬼が半身だけで咆哮をあげた。完全に式主の楔から解き放たれ、半死半生のケガで自身すら見失っている。
「なんてこった! 夢のつづきが続いている!!」
「夢じゃないよ! たすけて日和!」
美鈴が日和の背後に隠れる。
「む、むりだ! だってオレ、いたってフツーな高校生だもん!」
「あえかさん! あえかさん呼んで!」
「電話かけても30分はかかるだろが!」
混乱しても正当な答えを返し、地面に倒れている大沢木を起こした。
「いっちゃん! 逃げるぞ!」
大沢木はうすく眼を開け、ほんのわずかに口を動かしただけだった。
「やばい! いっちゃんがやばい! どうしよう? どうしたらいい!」
「聞かないでよ! あんた男でしょ! 何とかしなさい!」
「ムチャ言うな! オレ師匠じゃねえんだぞ!」
「やれやれ」
声が聞こえると、不吉な格好の人影が歩いてきた。
「失敗しましたか」
神父服を着た男は、やわらかな表情で日和たちに優しく微笑みかけた。
「やばい! さらにやばいぞ! 見送る人まで出てきた! いよいよ死亡フラグ確定か!?」
「ははは」
日和の言葉に適当な笑いを返すと、
「離れていなさい」
と言った。
「な、なんかいい人そうだぞ」
「そ、そうね」
あばれまわる式鬼に無防備に近寄ると、聖書をパラリと開く。
「あのオッサン! あの化け物を説得する気だ!」
「あれに?」
おどろきの表情の二人を横目に、神父は帽子で顔をふさぎ、言葉を口に出す。
「神は云われた。邪悪なるものよ。地獄の劫火で燃え尽きろ、と」
言い終わったと同時に、式鬼の体が端から燃えあがった。またたく間に全身が包まれる。
化けものは苦しそうに身をよじりながら、自分をこんな目に合わせた人間をにらみつけ、道づれにしようと腕を伸ばす。
「さらに神は云いけり。汝、八つ裂きの刑に処す、と」
火に包まれた身は、紙切れのように分断され、そのひとつひとつが消し炭となって風に吹かれて消え去った。
「スゲェ!」
日和の言葉に淡くほほえみ、たおれている東のからだを小脇にかかえ、もどってくる。
「スゲェ! 師匠の次くらいにスゲェ!」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ」
興奮気味な二人にあたまを下げると、美鈴に向かって手を差しのべる。
「では行きましょうか」
「え?」
美鈴がきょとんとし、日和もおなじ顔をする。
「ああ、この前名乗るのを忘れていましたか。これは失礼」
神父は会釈すると、自分の名前を名乗った。
「ワタシは”組織”の終端者。”ヤミヨミの神父”と呼ばれている者です。以後、お見知りおきを」
「はぁ」
日和と美鈴はたがいに顔を見合わせワケがわからない、と首をひねった。
「ふむ。てっきり”総社”の人間であると踏んでいましたが、その様子では、まだ知らされていないようですね」
「そ、それより神父様、早いトコ、いっちゃんを病院に連れてきたんだ! もう帰ってもいいかな!?」
切迫した日和に、神父はおだやかに首をふった。
「いいえ」
「いいえって!?」
「美鈴さん、こちらへ。ワタシは、あなたを迎えにきました。東君は、ワタシの部下です」
その言葉に、つばを飲みこむ二人。
「おとなしくついてきていただけますよね?」
紳士的にふるまってはいるが、有無を言わせぬ口調だった。
美鈴は日和を見た。
「ふっざけんなオッサン! いきなり出てきて女子高生に誘いをかけるなんざロリ――」
「汝、動くなかれ」
聖書を開いた神父は、日和に向けて告げた。
コ、の口をあけて、日和が動きを止める。
「さて。これでわかりましたか?」
美鈴はまるで彫像のように固まってしまった背中にすがりついた。
「無駄ですよ。彼は今、呼吸すらしていない。このままでは窒息死してしまうでしょう。ココ、つまり脳にすら酸素がとどいていない状況。早くしないと細胞が壊死を起こして記憶障害になる」
「日和を元に戻して!」
美鈴はさけんだ。
「それはあなた次第ですよ」
神父はどこまでもやさしい声音で残酷な質問を投げかける。
うなづくのに、時間はかからなかった。
「はい。では――」
パタン。と本が閉じられる。
「――ンってやつなんじゃねえのか!!」
「ちがいますよ」
立ち直った日和に、神父はていねいに答える。
「ですがもう、彼女は決めたようですから」
「バーカ! 返事もなんもしてないだろうが!」
「ありがとう、春日くん」
美鈴はメガネをはずし、ほほえんだ。
「それじゃ」
「なんじゃそりゃーーーーー!!」
もんどりうってコケる日和。
「おまえ! そんなオッサンがいいのかよ!」
美鈴はだまって神父のとなりに立った。
「自由意志は尊重されるべきものです。――彼女の好意を、無駄にしないように」
神父は背を向け、歩き出した。美鈴もついていく。
「おい美鈴!」
立ち止まった美鈴は、精一杯の笑顔を日和に向ける。
「じゃぁね!」
呆然とする日和。
気づけば、ふたりの姿はなかった。東すら連れて行かれちまった。
暗闇が迫ってきている。
正常な思考のもどってきた日和は、まず倒れている大沢木をみた。
「あれ」
かぎりなく物騒な顔であぐらをかき、タバコを吸っていた。
「いっちゃん」
「なんで、美鈴を連れて行かせた」
大沢木は表情を変えないまま、日和をにらんだ。
「なんでって、アイツが――」
「お前はなにもわかっちゃいない」
立ち上がると、日和をブン殴った。
「……痛ってぇ!」
地面にたおれこんだ日和は、親友の豹変に怒った顔を向けた。
「なにすんだよ!」
「行くぞ」
日和の文句を無視し、ポケットに手をつっこんで歩きはじめた。
犬歯がうずく時刻だ。
「どこへだよ」
「お師さんトコだ」
短く告げると、また歩きだす。
道端に転がる日和は、ぽとりと落ちた雫を見て、雨か、と思った。
空を見上げる。
ダークブルーに染まった空には雲ひとつなかった。
「…………」
だまって立ち上がると、大沢木に追いつこうと走り出した。




