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――授業、終わったんだ。
漠然と天井を見つめ、美鈴は鳴りひびくチャイムを聞いていた。
泣いていたのを覚えている。
いつの間に、ベッドで寝ていたんだろう。
起きあがると、仕切り用の白いカーテンが開き、やさしい笑みを浮かべた保健の教師が立っていた。
「具合、だいじょうぶかい?」
「あ、ありがとうございます」
保健の田島は、髪をアップにして広くひらいた顔に笑顔を浮かべた。
「ずいぶん眠ってたね。なんか食べる? ゼリーくらいならあるよ」
はすっぱに声をかけてくる田島に、美鈴は顔を赤くして断ろうとした。
クゥ、と子犬の鳴き声がする。
さらに顔を赤くした美鈴に、田島はそなえつけの冷蔵庫からよく冷えたカップゼリーを取りだすと、スプーンを添えて出してくれた。
ダイエットゼリーだった。
「あんまりムチャすんじゃないよ」
カップゼリーを口にしている美鈴に向かって言う。
「む、ムチャだなんて、そんな」
「保健のセンセイをなめんじゃないの。前から一度言わなくちゃと思ってたけどね。大変なことかかえこんでいるんだと思うけど、身体を壊しちゃ意味がないよ。ちゃんと自分の限界を見極めな」
怒りながらも自分を心配してくれる保健教師に、美鈴はこころからうなずいた。
「はい」
「うんうんよしよし! 可愛いね。子供はスナオが一番」
田島は食べ終わった容器を美鈴から受け取った。
「ごめんなさい。先生」
「うん?」
「勝手に眠っちゃってて」
「サボりじゃないなら問題なし! 保健室は、そういうところさ」
田島に挨拶し、廊下へ出た。
下校している生徒とすれ違う。
美鈴は、「あっ」と声を出した。
放課後、東に呼ばれていたことを思い出す。
「どうしよう。裏庭に行かなくちゃ」
つぶやき、急いで裏庭へと向かう。
校舎の影に雑草ばかりが生えただだっ広い場所がある。
ちいさな公園程度のスペースには錆びついた鉄棒と平均台があり、旧校舎が本舎だったころは使われていたものの、整備された運動場が出来てからはほぼ行事で使われなくなった場所だった。
たまに校内の不良生徒や放課後に彼氏彼女持ちが逢い引きに使う隠れスポットとなっていた。
いまは誰もいない。
……帰ったと思われたのかもしれない。
美鈴はほっとした。
それなら安心だ。
明日あやまって、直接教室で聞こう。そのほうがいくぶん気が楽だった。
「どこ行くんだい?」
立ち去ろうとした美鈴の背後から声がかかった。
「僕はここにいるよ」
キィ、と車椅子の車輪を鳴かせて、東が影からでてきた。
教室でみせているやわらかな笑みではなく、傲慢をそのまま顔に貼りつけたかのような不遜な表情だった。
「東、くん」
なにかが頭のなかで警告する。
「まったく、キミはなんていう女だ。せっかく僕がセッティングしてあげた内山君との逢い引きを蹴ってしまうなんて」
東は車椅子の上でニヤけた笑みを貼りつかせ、首をふった。
「彼は女性に飢えていた。キミなら適任だと思ったんだよ。縁がなさそうだったからね」
何を言っているのか分からなかった。
「君の家系は子孫さえ残せばいい。たとえ豚のような子供だろうと、サキヨミの家系は血さえ絶やさなければ能力は継がれていく。それで十分だ」
「あずまくん、なの?」
ようやく、それを口にした。
「あれは、東くんがやったの?」
「あれ? どのことかな? キミのマネージャーに邪念樹を植えつけたことか? 式神で追いまわしたことか? 旧校舎の霊をけしかけたことか? 思いつくことが多すぎてどれか分からないな」
「なんで、こんな事をするの?」
「なぜ? なぜときた。はは!」
東は天を仰ぎ、おおきな笑い声をあげた。
「僕は青龍だ」
唐突に笑うことをやめ、声のトーンを落とす。
「生まれたときからキミの守護者として枷に嵌められ、おさないころから陰陽道を学んできた。なのにキミときたら芸能界? なんだよそれは。そんな安っぽい場所に足を踏みいれ、僕らが血のにじむような思いで守ってきた伝統と格式をあざ笑うようにつぶそうとしている。まったくたいした役者だよ。虫酸が走る」
これが、自分を助けてくれていた副委員長の東だろうか。
優秀で聡明で、だれにも優しく、美鈴にも優しかった彼なのだろうか。
これが、彼の本性なのだろうか。
目の前が暗くなった。
「ぼくが君を助けていたのは、キミがサキヨミの家系だからだ。君自身のためじゃない」
優しく語りかけてくる声が、トドメの一撃となった。
美鈴の目から、大粒の涙がほほを伝い落ちる。
「くく。真実を知って落胆したかい? それとも僕に気があったのかな? やめてくれ。キミみたいな不細工、断じてお断りするよ」
「美鈴は不細工じゃねえよ」
学生服を着た男子生徒が、泣いている美鈴の前に立つ。
「キミは?」
「クラスの不良に興味はねぇか?」
大沢木はニィ、と笑みを浮かべた。相手を威嚇するときにでるたぐいの笑み。
「ああ、停学になっていた生徒にそんな名前の人間がいたね。何の用だい?」
「用なんざねえよ。ただ、ちょいと俺に殴られてくれればいい」
拳を構える。
「二度と美鈴に口聞けねえくれェにな」
「はっ! キミみたいな万年問題児が僕を? 笑わせてくれる」
「自分で立ち上がれもできねえヤロウに言われたくはねえな」
東が表情を一変させる。
「……面白い」
「美鈴を泣かせた罪をつぐなえ」
東は制服のそでから式符を取りだし、背後に向かって投げつけた。
北東の方角。
フダはピタリと張りつき、呪言を唱える。
「鬼門封せし封を解く。牙持つ式鬼悪鬼夜行の形をとりて我が意に従え!」
東が叫ぶと同時、貼り付いたフダがひらりと剥がれ、どんより濁ったような四角い鬼門の口から、巨大な腕が飛び出した。
腕は壁に手をつき、コンクリートをへこませると、ずるり、と、額に角、口に牙の生えた異形の物ノ怪として姿を現す。
鬼。
御伽草子や平安絵巻などでしか見たことのないものが、現実に姿を現す。
「これが僕の技だ」
陰陽師は勝利宣言をするように、大沢木と美鈴に告げた。




