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「ヒヨリ、ずりーぞ!」
「てめー」
「この裏切り者ぉ!」
志村たちは放課後の帰りの会にまでつるし上げられ、クラス全員のまえで「もうしません」と半泣きになりながら証文まで書かされていた。
いまだにクラスの女子からの視線が痛い。
「まぁまぁ」
「パン買うのにどれだけかかけてんだよ! おかげで昼飯まで食えなかったじゃんか」
「悪ィ悪ィ」
昼食食えなかったのは別の要因だったと思うが、と日和は手を突きだし半笑いする。
日和はパンと一緒に委員長から返してもらった『スランプ』を差し出す。
「おまえこれどこから!?」
おおげさにおどろく友人たちに、日和は「うーん……」とうなった。
つき刺さるような視線を感じる。
「拾った」
「拾ったって、委員長のやつ、捨てやがったのか?」
「おれたちに散々頭下げさせて自分のほうがワルモノじゃねぇか!」
「奴は鬼だ!」
ぎゃーすか騒ぐ友人たちから目をはなし、委員長の席を見ると、しっかり目が合う。
つん、と視線をそらし、委員長は帰り支度を済ませると、誰よりも早く帰っていく。
「態度悪いやつ」
「なぁ、ヒヨリ、ホントに捨ててあったのか?」
尋ねてくる志村に、日和は半分だけ真実を告げる。
「返してくれたんだよ。委員長が」
「マジで!?」
「ああ、マジで」
「「嘘つき!」」
「なんだよ!」
全員から押しつけられた指を一つ一つ払い落とし、日和は憮然と腕を組む。
「オレだっていろいろ考えたんだぞ!」
「素直に返してくれたんならわざわざウソつくことねーじゃねえか」
「それには……具体的に言えない理由があるんだよ」
なんとなくだが、委員長の前で本当のことを言うのはためらわれた。
「朝の仕返しか?」
「ヒヨリって案外ねちっこいのな」
「そんなんじゃねえよ」
「ああ、でもよーオレのみっちーは戻ってこねえ」
志村が表紙を開くと、不思議な顔をした。
「どうした?」
「これ、おまえの仕業か?」
破けた”みっちー”の巻頭カラーが、セロテープでつぎはぎされていた。
委員長が返してくれてから今まで、日和は中身を読んではいない。だとすれば、考えられる要素は一つしかなかった。
「手間かけてくれたのは嬉しいけどよ、これじゃコレクションには加えられねえよ」
あいつ、思ったよりいい奴じゃん。
日和はすこしだけ委員長を見直し、「じゃ、オレがもらうよ」と言った。
にょきりと手のひらが伸びてきた。
「200円」
「はい?」
「まだ読んでないんだろ? おれはコイツをおまえに売って軍資金にしたいんだ。友情のために買ってくれるよな?」
「……せめて半額に負けろ」
「いやだ。『スランプ』に足りねえじゃん」
しぶしぶ残り少ないこづかいのなかから硬貨2枚を取りだし、志村の手のひらに押しつけた。
「まいどー」
「あほか」
つぎはぎだらけの『スランプ』を手に取ると、日和は学生鞄のなかにつっこんだ。
「おつとめがんばれよー!」
笑いあう友人たちの声を背に、帰宅部の日和は彼個人だけの部活動の場所へ急いだ。