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「みすずさんを泣かせましたね」
道場へ帰ってくるなりあえかの冷たいまなざしが出迎えた。
「すげぇ。オレ今日おみくじ引くとまちがいなく大凶だよ絶対」
日和は独り言をつぶやくと、うたがいを晴らすため、あったことをすべてありのままに伝えた。
「そうですか。そんなことが……」
話を聞くなり、黙ってしまった。
せめてあやまってからにしてほしいと、日和は思った。
大沢木は長時間の正座のせいか、床にたおれて虫の息を吐いていた。さすがの喧嘩百段も正座という魔物には勝てなかったとみえる。
うんうん唸りながら、たまに床の上をごろごろと転がる。
ああすると、気が紛れてすこしだけ気分が楽になることを、日和も実体験から知っていた。
「みすずさん、それは」
泣き疲れたのと叩き疲れたせいでぐったりしたみすずに近寄り、茶色の髪に巻きついていた紙片をすき落とす。
「紙っスね」
聞いてくる日和に、黙って顔の前にかざしてじっくりと眺める。
四角い紙切れを床に置く。
ちいさな紙切れは、触れてもいないのに意志をもつかのように、かすかに東南の方角へと引きずられはじめる。
「呪がかかっています」
あえかはつぶやくと、道場の端に設置したロッカーから紫色のふくさを取りだして広げた。
つまんで上に置くと、やわらかく包んで結びを締めた。
「大事な証拠です」
不思議な顔をしている弟子たちに、説明する。
「証拠?」
「ええ。私たちの――敵の」
「敵?」
「みすずさんを襲った者のことです」
みすずは不安そうな顔で自分の師匠を見あげた。
「どうやら本格的に仕掛けてきたようですね」
あえかが居住まいをただすと、二人もその迫力に押されて姿勢を正した。
「大沢木君、あなたもこちらへ」
床の上でうめきながらも、大沢木は這いずってやってきた。
「せ、正座は、かんべんしてくれ」
「……あぐらでかまいません」
はじめてついて出た大沢木の弱音に、日和はやっぱあれって拷問だよな、と確信する。
「以前、春日君は追われていたみすずさんを助けたことがありましたね」
「あのミョウな影のことっスか?」
美倉みすずとは知らず、追われている彼女をかくまおうと町内中を駆けまわったときのことだ。結局のところ、たまたま買い物帰りのあえかに助けられて難をのがれた。
「あれとおなじ者の仕業です」
「シキガミってヤツっスか?」
たまたま覚えていた単語を日和は披露した。
「式神は道具にすぎません。式をあつかう呪術は陰陽道。古来大陸から渡来した呪術を和人が極めて体系化した呪法です。風水思想を基とし、木火土金水の地理的方位を主軸とした占術呪法をもちいて、万事に対する災厄を防ぎます」
「あっ! オレ映画みたっすよ! アベノセイメイ!」
日和の浅い知識にあえかはうなずいた。
「安倍晴明は平安朝でその実力を朝廷にまで認められた陰陽道の遣い手。彼ほどの陰陽師は今日まで生まれたことはないでしょう。彼は人型の紙に命を吹きこみ、鬼を使役し、天変地異すら引き起こしたとされる妖術師。幾多もの伝説が生まれ、戯作者の手により崇高化された容貌で一般にひろまっていますね」
「そいつが敵だってのか、おもしれえ」
あぐらをかいた大沢木は、不敵に笑いながら足を必死にこすっていた。しびれがなかなかとれないようだ。
「天変地異を起こすのは神の御技。安倍晴明はひょっとすると八百万の加護すら受けていたのかもしれません。ですが、心配にはおよびません。現代では、陰陽師の家系は廃れ、昔ほどのちからはないでしょうから」
あえかの顔にわずかな曇りが生まれた。そのことを日和だけが感じとる。
「大丈夫っスよ! だってこっちには師匠がいるじゃないっすか! 返り討ちっすよ!」
元気に拳をにぎりしめる愛弟子に淡い笑みを浮かべ、あえかは言った。
「では、あなたには特別な任務をあたえましょう」
「よろこんで!」
あえかは日和の隣にいるみすずを見た。
「防人の任を与えます」
「サキモリ?」
「守り人の意味です。あなたがみすずさんを護るのです」
「え~!?」
日和はさけんだ。
「どうせなら、師匠の入浴中だとか睡眠中を見張っている係りがいいんすけど」
「そんな係りはありません」
あえかは日和の願望を一蹴すると、みすずを見た。
「喋っても、よいですね?」
途端におびえた表情になり、首をふる。
「いや――」
「なぜ」
「まだ、知られたくない」
日和と大沢木は女性二人の奇妙な会話にきょとんとしている。
「あなたのためです」
「いや!」
はげしく拒絶の意志をしめすみすずに、あえかは困った様子だ。
「みすずおまえ、師匠を困らせるなよ!」
「春日君は黙っていなさい」
なぜ?
かばったはずの人物から叱咤され、日和は元気が抜けたように肩を落とした。
なぐさめる大沢木。
「……わかりました」
あえかは自分が折れると、日和と大沢木を見て告げた。
「このみすずさん以外にも、あなたのクラスにもねらわれている人物がいます。その娘も守るのです。あなたがた二人で」
「俺もかよ」
めんどくさそうな顔をする大沢木に、あえかは大きくうなずいた。
「その子はきっと、あなたたちのよく知る人物です」
みすずは涙ぐんでいた。
あえてそれを無視し、あえかはふところに手を差し込む。
日和の鼻息が荒くなる。
「これを持ちなさい」
手渡された冷たい金属の重さに、あからさまな落胆の表情をしめし、急上昇したテンションが急下降してマイナスへと落ち込んだ。
無骨な鎖がじゃらりとついた、小型のペンダントだった。つるりとした表面が光を反射して鈍色に輝いている。
「それをあなたに授けます」
「……師匠、オレのやる気をあげるならもっと別のもののほうが――」
「それをあなたに授けます」
二回言われたので日和はしぶしぶポケットへと入れた。三回目には拳がとんでくる。
「わたしからの贈りものです。肌身離さず身につけておきなさい」
下がっていたテンションが跳ねあがって雲をつき抜け天国へ入った。
「はい! オレ一生大事にするっす!」
あえかはほほえみを浮かべると、ぱんぱん! と手を叩いた。
「それでは今日の修練をはじめましょう」




