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「汝に祝福あれと」
少女の霊が御言葉のちからにより、現世の軛を解かれて消えていく。
あえかはふりかえった。
闇の中よりあらわれたのは、濃密な闇色の神父服を纏った優しげな面差しの男だった。
「どちらの方ですか?」
「”組織”の人間です。と言われれば、おわかりになりますか?」
あえかの顔に緊張が走る。
「あなたがたとは敵対することとなります。今日はその、お知らせに」
闇色の神父は帽子を片手で押さえて一礼すると、おだやかな笑みを浮かべた。
「わたしが”総社”の人間であると知っているのですね」
「はい。情報収集はお手のものでして」
はっはっは。とカラ笑いする。
「あなたさまのお手際、拝見させていただきました。Miss・Todoroki」
「彼女を――地縛霊をあのような人格にしたのは」
「ワタシです」
悪びれもせず語るその口調に、あえかは祓串をにぎりしめた。
「みすずさんをねらっている理由はなんですか?」
「それは言えません」
神父はくちびるに指を当てた。
「ふざけるな!」
あえかは教室がふるえるほどにどなり声を上げた。
「今、ここであなたを祓います」
「ワタシは人間です」
「人であれば殴なぐって更正させます!」
「暴力はいけない。それでは過去のあやまちを繰りかえすことになる」
アーメン、と神父はつぶやいた。
「今日は挨拶にきたまでです。このへんで失礼します」
「まちなさい!」
あえかが飛びだそうとするより、大沢木のほうが早かった。
「殴って更正すんだろ!」
にぎりしめた拳をスカした顔面へとぶちこむ。
神父は手にある黒い表紙の本――聖書をひらくと、
「汝動くなかれ」
と言った。
ピタリ、と大沢木が右フックを繰りだす直前で制止する。
「また遭いましょう。ジャパニーズ・エクソシスト」
そう言うと、暗闇のなかへと消えていく。
その奥から「パタン」と音がはじけると、大沢木が腕をふりきり、たたらを踏んだ。
「あれ? はずした!」
「…………」
あえかは大沢木の様子を見て、くちびるを噛みしめると、追いかけることをやめた。
「春日君。起きなさい」
自分の弟子を乱暴にゆすって起こす。
「む、あ」
なにかとてもしあわせそうな顔で眠りこける日和。
「う~ん…」とうなって、先に目を覚ましたのはみすずだった。
「う~ん、重い。……何? 誰? きゃ――きゃあああああああああああああ!!」
ばちんっ!
と、盛大に紅葉の花が咲く。
「ぐはっ! いてぇ! なんだ! 誰かフーセン爆破させた!?」
日和は起きあがると、目の前にあるものをにぎって「フーッ」と息をついた。
「なんだ。あるじゃん」
「変態! 強姦魔! レイプ犯! 変質者! 色情狂!」
みすずはさんざん怒って日和を叩いた。
「いてっ! なんだ? なんで怒ってんだ? オレが何かしたか?」
あえかのほうを向くと、呆れたような嘆息がかえってきた。
大沢木のほうを向くと、手を挙げて「謝れ」と言ってくる。
「オレのせい? オレのせいなのか!?」
「変態! 変態! 変態!」
「くそー、オレ、精一杯やったのに」
日和は土下座までしてみすずにあやまった。
「片がついたみたいっすね。師匠」
足をあたまに乗せられてひたいを床に押しつけられながら、日和はあえかにたずねた。
「いえ」
あえかはみじかく、言った。
「終わっては、いません」
神父が消えた戸口をにらみつける。
日和は自分が眠っているあいだに何があったのだろうと、がんっ! がんっ! と足蹴にされながら不思議に思った。




