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ひなびた校舎というのは、なんだかんだ言って迫力がある。
立ちこめるカビとホコリの匂い。それと、なにかの薬品の匂いも混じっている。
迷いこんだ羽虫の影。
壁にかけられたままの肖像画。
それらは古びてもはや価値がないことは一目瞭然だが、それ以前に目が合いそうで怖い。
窓の外をよぎる複数の影。
よく見ればそれはおおきく成長したやなぎの木だ。たれさがった枝がおいでおいでをしているようで、やはり気味がわるい。
みすずはあいかわらず日和の手をにぎっている。汗ばんでいて気持ちがわるかったが、いまのところすがるものがこれくらいかないのが現実だった。いつだって少女は手に入るもので我慢するのだ。
外はもうすでに暗くなろうとしている。
夜が来るのがいつもより早い気がした。気がついたら朝になっていればいいと思った。夜なんか来なくていい。暗闇は少女にとって一番こわいもので、毎日のようにおとずれる暗闇という怪物は、おさないころからひとのみで彼女を飲みこんでしまう。
それに少しでも抗うために、部屋の電気を消さない。まっ暗よりも、明るいほうがまだ救われる。暗い場所で何度もこわい目にあった彼女にとって、それは自身が取りえる最大の防御策だった。
目の前には日和の背中がある。
なんて小さくて心細い背中なのだろう。
男といえば、がっしりとして筋肉がむき出して、むやみに小麦色に焼けた肌を想像してしまうが、目の前の男は白くてひょろひょろでビビリな上に、エッチだ。全然タイプではない、こころのなかで断言する。
「なんもでないっすね」
日和があえかに向けて声をかけた。前を行くあえかと、日和の手には、リュックサックから取りだした道具の一つ、百円ショップで買った懐中電灯がまばゆい光をはなっている。
「デマだったんじゃねーの?」
大沢木はライトすら持たず、普段とおなじように歩きながら言った。最近、夜目が利くようになったらしい。
「でも、幽霊騒ぎって昔からなくね?」
「おおかた、カーテンでも見間違えたんだろ。あれだ。幽霊の正体見たり」
「枯れ尾花」とみすず。だまっているより、しゃべっているほうが気が楽だと気づいたようだ。
「それだそれそれ。幽霊なんてはこの世に存在しねえんだよ。だいいち、俺は見たことがない」
しあわせなヤツだ。と春日は思った。霊感がまったくない人間には、真正面にいたって気づくことはないのだろうか。目に見えていないものは、存在しないのとおなじなのか?
「霊はいます。あなたがここにいるのと同じように」
あえかが大沢木に言った。
「俺は自分の目にしたものしか信じないタチでよ。お祓い、なんつーのも、いわば思いこみの激しい野郎を的にした商売だろ? お守りひとつ渡してやりゃ、安心するんじゃねーのか?」
全員からつめたい視線を浴びた大沢木は、逆に「なんだコラ!」とキレた。この町では、霊感がないほうがめずらしい。
「あっ」
みすずがちいさく声を上げ、日和の手を痛いほどにぎりしめた。
「いってぇ!」声をあげるほど。
全員が前を向き、曲がり角へと消えていく白い影をみる。
あえかは駆けだした。日和とみすずもおいてかれまいとそれにつづく。ワンテンポ遅れて、「まてよオイ!」と叫んで大沢木も追いかけた。




