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「実は、わが校の旧校舎にとり憑いた悪霊を祓っていただきたいとおもい、こうして参上した次第で」
ふきだした額の汗を、ものものしいデザインのハンカチで拭きとりながら、日和たちのかよう月代高校校長三波田隼戸はあたまを下げた。
「旧校舎…、ですか」
「はい。そこに、いわゆる地縛霊というモノがとり憑いていまして」
日和は大沢木に向けて小声で言った。
「旧校舎っていや、あそこしかないよな?」
月代高校の裏手にある古い木造建築のたてもの。旧月代高校の母体だ。戦前につくられたといわれているその旧校舎はもはや風雪にさらされて朽ちかけており、何度か新校舎建設の話がもちあがったが、そのたびに幽霊さわぎがでて頓挫している。生徒にとっては、勇気をためすにはとっておきの場所である。
「いっちゃんは、入ったことある?」
「いや、ないな」
大沢木は非科学的なものを信じていない。たとえ先日あえかから、自分が『狗神憑き』だと説明されても、合点がいかない。だいいち、彼には記憶がないのだ。暴走族にやられてから、この道場で目をさますまでの記憶がすっぽりなくなっていた。
彼がこの道場にかよっているのは、当然、たおすべき好敵手がいるから以外にはない。
「あそこってさ、よく幽霊が出るとかいってて、クラスのヤツがキモだめししてるんだよ」
「ふーん」
「ふーん、って興味ないの?」
「やめてよ」
割りこんできた声にふりかえると、みすずが蒼い顔をして怒っている。
「幽霊なんて、いるわけないもん」
「なんだおまえ。幽霊こわいの?」
有効な弱点を見つけたと知った日和は、チャンスとばかりに舌をつきだし白目をみせて、手をぶらりとさげた。
「幽霊だぞー」
バチンッ、と平手がとんできた。
「うきょ!」
あえかに負けずおとらず強烈だった。
涙が出る。
「い、いてーじゃねえか! 本気でなぐるなよ!」
「あんたがわるいんでしょ!」
「ふざけただけじゃねーか!」
「春日君、うるさいですよ」
あえかからたしなめられ、「なんでオレばっか」とグチって沈黙を守る。
「それでは、明日にでも」
「今日中に来ていただきたいのです」
校長は身を乗りだすようにして、あえかの手をとった。汗まみれの恵比寿さまみたいな好色顔が、あえかに近づく。
「あー! くそ! あのナミヘイ! オレのあえか様になんつーことを!」
飛びだした日和は、七福神の顔をむりやり押しのけ、あいだに割りこんだ。
「な、なにをする!」
「師匠はオレのモンだ! 妻子もちはすっこんでろ!
「き、きさま! 教師に向かってなんという暴言を!」
「センコーがこわくて師匠のもとに通えるかってんだ!!」
「春日君、落ち着きなさい」
日和を押しのけ、間合いをキープしたあえかは、すこしほっとしながらも冷静に言った。
「わかりました。おいそぎのご様子でしたら、いまから出張させていただきます」
「たすかります」
あたまを下げた校長は、日和に向けてするどい視線を放つ。
負けずとにらみかえす日和。
男同士の醜い火花が散る。
「醜いわ」
「そうだな」
みすずと大沢木がはじめてあった意見にうなずきあう。
「それではしかたがありません。今日の修練は中止にして――」
「師匠! それにはおよびません!」
日和はビシッ、と親指を立て、カッコイイと思い込んでいるナナメ45度の顔向きでアピールした。
「オレに荷物もち、やらせてください!」
「なんと!」
バチバチバチ、と校長と日和の視線が交錯する。たがいになにを思っているかは一目瞭然だった。
「醜すぎる」
「そうだな」
「わかりました。ではみすずさんと大沢木君はこれで――」
「あたしたちもぜひ、お師匠様のお祓いぶりを見てみたいと思います!」
天をつくようなきれいな挙手をしたみすずは、日和に皮肉な笑みを向けた。
「なにをぅ!? こしゃくな小娘!!」
「だってぇ、あたしたちもそろそろ実践を目にしたいと思うんですぅ。そうよね、大沢木くん?」
「どっちでもいいよ俺は」
興味なさそうな相棒に、みすずは片腕をとって強制的にあげさせた。
「大沢木くんもやる気十分です!!」
「……そんなことやってたのしいのか? おまえ」
冷静な大沢木の声を笑顔で無視して、あえかの答えを待った。
「わかりました。では、皆でゆくとしましょう」
「「ええっ!?」」
日和と校長が愕然と声をあげる。
「なにか?」
その顔にほほえむあえか。
「やったー!」
はしゃぐみすず。
大沢木はつまらなそうに外を見て、あ、カラスだ。と思った。




