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「ではまず、『真心錬気道』の心得からはじめましょう」
正座したあえかの前には、3人の弟子が黙して座している。
「『真心錬気道』は気の構え。こころを落ち着かせて平常を常とし、決して心乱すことがあってはなりません。神の依り代となるためには、いついかなるときも心構えを崩してはなりません。身体はこころを映す鏡。身体を鍛えればこころを鍛えることに同じ。気の緩みは躰に隙をつくります。隙は病魔のとり憑かれる糸口となり、そしてまた、こころに還ります。すべては円環で形成され、相互に影響する。くれぐれもひとたびの気の緩みの成さぬよう、精進なさい」
「「はい!」」
みすずと日和がそろって元気よく返事する。
大沢木はぶすりとむくれ、あぐらをかいて座っている。
「よい返事です。素直であるというのはこころがひたむきであること。ひたむきであるのは、簡単なことではありません。こころを開き、相手を受け入れ、自己の昇華に努める。成すべきことを悟り、あまたある誘惑に屈せず、心身の高まりのみを究極とする。他者の申すことなどいかばかりでしょう。信ずるこころさえあれば、障害は何者でもありません。そのこころを忘れぬように」
「「はい!」」
「……お師さんヨォ」
大沢木が口を開く。
「はい。なにか?」
「いいかげんそのくだらねえ口上をやめて、俺と対戦してくれよ」
そういって、彼は立ち上がると拳を前に突きだした。
「今日こそは、あんたに勝つぜ。俺は」
「あなたはわたしの弟子なのです。勝手な発言はゆるしません」
「ゆるさねえならどうするんだ?」
不敵に笑う大沢木に、あえかはほぅ、とため息をつく。
「あなたもいいかげんに落ち着いたらどうですか?」
「落ち着く? なにをかわからねえな」
日和たちのように道着を着ているわけではなく、大沢木は学生服のまま教えを受けている。
「強さってのは、相手を斃してナンボだろ? 俺はあんたを斃してとっととこの道場を出て行く」
「いっちゃん!」
日和は立ち上がった。
「それはいい考えだ!!」
「だまっていなさい」
師匠に怒られ、日和はうなだれて正座にもどる。
「あなたは自分の能力を過信しています。すべては繋がり、円環を為す一部。ひとりで生きているなど、幻想に過ぎません」
あえかは冷静になまいきな弟子を聡そうとするが、大沢木はいつものように啖呵を切った。
「へっ、今日こそその減らず口をコテンパンにのしてやるぜ」
「いっつもそう言ってやられてるくせにぃ」
「なんだとコラ」
みすずは日和の背に隠れると、うしろから舌を出した。
「ちょっとまて! なんでオレのうしろに隠れる!?」
「あんた男でしょ! かよわい女性を守りなさいよ!」
「師匠ならまだしも、なんでおまえみたいなナマイキ女を守らなきゃいけねえんだよ! のしつけて辞退させてもらう!」
「あえかさん、こんな事言ってますけどぉ」
「あっ! バカ! なぜ師匠にそういうこと言う!」
あえかはまたため息を吐き、憂えたまなざしで外をみた。
「あら」
その表情に驚きがくわわる。
窓の外にいた中年の男は、開きっぱなしの道場の玄関まで歩いてくると、かぶっていた帽子をとってペコリとお辞儀する。
「お客さまかしら」
立ち上がったあえかの背に、日和の驚きの声がかかる。
「あれ、校長じゃん」
「あっ、ほんとだ」
あたまに一本だけ毛の生えた校長は、英国紳士のかぶるような山高帽でその頭頂部を隠すと、彼らに向けて
恵比寿のような笑みを浮かべた。




