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授業が終わると、日和はからすま神社へと一直線に自転車を漕いでいた。
大沢木がおかしい。
生身の人間が三階から飛び降りて無事でいるなんてマンガの世界だ。いくらケンカ百段とはいえ、ケガのひとつ位するだろう。そうじゃないと飛び降り自殺なんてものは成立しない。
彼の知るかぎり、こんな常識はずれの問題を解決できる人物は、ひとりしか思い当たらなかった。
師匠に相談して、はやくいっちゃんを止めなければ。
とてもおそろしいことが起こる。そんな気がしてならなかった。
信号無視して横断歩道をつっきり、角を曲がった。目の前にひとが立っている。
「わっ!」と声をあげ、反射的にブレーキを引く。急激な反動で後輪がうきあがり、踏ん張ってたおれるのを防ぐ。
がくん、とタイヤは無事地面に着地し、ためこんだ息を吐きだす。
目の前の人にたずねる。
「だいじょうぶ――」
「うごかないでね」
少年の声だった。
声と一緒に、冷たい金属の先がわきに押しつけられる。
目を落とすと、ゴリッ、とした鈍色に光るモデルガンの銃口が自分のわきに当てられている。
「な、なんの冗談?」
「ニセモノじゃないよ」
いつの間に移動したのか、少年は自転車に乗る日和を横にいて、天使のようにあどけない笑みを浮かべている。
「いまサァ、やっかいなことになってるんだ。お兄サン、協力してよ」
「きょ、協力? なんのこと?」
「トモダチなんでしょ? アイツの。じゃァ、人質くらいの価値はあるよね」
少年はそう言うと、粗雑なつくりのモデルガンの銃口を真上に向けた。華奢な指が撃鉄をさげると真鍮製の銃身に彫りこまれた茨がおどり、回転式の弾倉がカチャリと弾を装填する。
ズドン、と派手な音がして、先からけむりがあがった。
呆気にとられた日和のまえに、ボトリとカラスが落ちてくる。羽根を撃ちぬかれた、ギャアギャアとさわがしく哭くカラスの悲鳴が、少年の手のなかの真実を告げていた。
「ついてきてくれる?」
変わらない天使の笑顔で、少年は脅迫した。




