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「大沢木一郎君、即刻いまの”探し物”の捜索をおやめなさい」
道場へ連れてくるなり、あえかは二人を座らせ、真剣な表情で告げた。
「なんで名前知ってんだよ」
親友から睨まれ、日和は「まぁ聞けよ」と諭す。
「告げ口したのか」
「春日君はあなたのことを思い、わたしに相談してきました。告げ口ではありません」
「告げ口だろうが。ババアは黙ってろ」
「おま! 師匠になんてことを言うんだ!」
日和は立ち上がり、あえかを指さすと吠えた。
「見ろ、このチチを! ふたつの果実のごとくオレの目を引きこむ瑞々(みずみず)しいこの双丘! これこそ、健全なる男子が求める唯一無二の――」
「黙っていなさい」
「はい」
日和はおとなしく正座した。
あえかは咳ばらいすると、道着のえりを内側へと引きこみ露出をすくなくする。
「へっ、色香で俺をたらしこむってか」
「違います」
あえかの尖った視線が日和の胸にぐさりとつき刺さる。
「そうだろうよ。女が男に勝つには、それくらい卑怯な手が必要だからな」
「わたしはあなたのためを思って言っているのです。あなたの相手しようとしているのは、ただの人にたち打ちできる者ではありません」
金剛の紙切れを渡した途端、あえかの態度が変わった。こんなことなら中身を見ておけばよかったと、日和は悔やんだ。
「人間じゃねえ。そうだろうよ。まともなヤツが人殺しなんぞするはずがねえからな」
「概念的な話をしているのではありません。あなたでは、勝てないと言っているのです」
大沢木は立ち上がった。
「まったくの無駄だったぜ、日和」
「ちょ! 待てって!」
日和が立ち上がるのを視線だけで制し、あえかには一瞥も向けず出口へ向かう。
「あなたは殺されるでしょう。カタキも討てず」
「あ? なんだコラ」
ピキ、と血管をひたいに浮かべ、”狂犬”がふりかえる。
「それどころかわたしにさえ勝てないでしょう」
「色香は俺につうじてねえぜ。日和にはつうじるかもしれねえけどな」
「ぐはっ!」
日和は友人の一言に胸を押さえた。
「ハンデなど必要ありません。逆にあなたにハンデを差し上げましょう」
あえかはすっくと立ち上がり、左手一本を差しだした。
「この腕だけで十分」
「……頭おかしいのかババア」
「わたしは轟あえかと申します。春日君の師匠をしています」
「捨て腐れた拳闘術なんぞつうじるとでも思ってやがるのか?」
「ためしてみれば宜しいでしょう」
左手をつきつけたまま冷静に告げる声に、大沢木は身体を向けた。
「アマのボクサーも黒帯の柔道ヤロウも、最後にはあたま下げてあやまってきやがった。泣いて命乞いなんてしまらねえマネしやがるから、腕の一本もへし折ってやったがな。あんたもそうならねえうちにあやまるなら、半ゴロシにまけといてやる」
あえかは、フ…、とうすく笑った。
ブチン。
「後悔すんじゃねえぞコラアァッッ!!」
百円玉をもにぎりつぶす握力の拳が、線の細い身体に向けて吸いこまれる。肉弾凶器とおそれられる彼自慢の武器は、あえかのほお骨を粉砕する。
はずだった。
――ビタァァァン!
(……へ?)
道場の床の上に、受け身もとれずたたきつけられた大沢木は、しばらく呼吸もできず意識をなくしかけた。
「――かはっ……はぁ! はぁ! はぁ!!」
蒼い顔で起きあがると、ノドをかきむしりながら空気をもとめる。
「な、なんだ今の」
「もう起きましたか。おもったより回復がお早いですね」
あえかは彼のそでをつかんだまま、あでやかに微笑む。
「日頃から身体をきたえているようですね。そうでなければ、初日の春日君のように気絶していたはずですが」
「……な、に、しやがった」
「『寸手投げ』と申します。わが武道の一端ですわ」
あえかはなんでもないように答え、腕をはなすとすこし下がってまた左手を構える。
「まだやりますか?」
「ふ、ざけんな」
いやな汗をぬぐいながら、大沢木は立ち上がった。
「いっちゃん! もうやめとけって!」
「だまってろ」
”狂犬”のまなざしがあえかを完全な敵と見なし、潰しにかかる。
「そうこなくては」
あえかは微笑みのなかに冷笑を浮かべ、強気な挑戦を受け入れた。




