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今日も、大沢木は。学校を欠席していた。
あえかに連れてこい言われたものの、当人が居ないのではどうしようもないのではないかと、日和は心の中でイイワケする。
一体、どのツラ下げて会えばいいのだろう。
自転車を降りて商店街のなかを歩きながら、なやめる少年は悶々としていた。
「――おわっ」
段差につまずいて転ぶ。
となりを歩いていた人にぶつかった。
「すんません」
「オウ待てコラ」
あやまって立ち去ろうとすると、背中からイヤな声がかかる。
「人にぶつかっといてあやまりもなしかい。坊主」
「最近のコウコウセイは目上の人への礼儀っちゅーモンを知らんのォ」
大きめのマスクとそれぞれ違った帽子をかぶった、一目で不良ととれる学生の方々が、サングラスの下から日和を見下していた。
「あ、あやまったすよ!」
「はぁ!? よく聞こえんのじゃボケ!」
「おまえの声は蚊の鳴くキンチョールか!」
だっはっは、と仲間うちのみでウケる。
「先輩にぶつかったらあやまって財布の中身の全額渡す。これで晴れて見逃してくれんのや」
「もし可愛い妹かキレイな姉ちゃんがいたら紹介してくれてもいーぞ」
だっはっはっは!
「か、カネっすか? いま持ち合わせないんすよ」
横の自転車をチラと見る。こいつを使って逃げられないだろうか。
「金がない。じゃ、決まりだな」
「決まりだ」
「な、なにがっすか?」
「ホントかどうか、ぶんなぐってから調べてやるよ!」
大男の不良が腕をふりかぶる。
「うわっ!」と日和は顔をかばった。
「ぐおっ!」
「……?」
いまの悲鳴はオレじゃない。
目を開けると、大男が地面に倒れていた。マスクと帽子とサングラスが外れて、青あざとハレモノだらけの顔が晒された。
「チンケなマネしてんじゃねーよ」
「お、大沢木!!」
不良たちがそろって恐怖の表情を浮かべる。
「……いっちゃん」
大沢木は日和を一瞥すると、不良どもにするどい視線を浴びせた。
「やべぇ! 逃げるぞ!」
「頭を背負え!!」
「テメーコノ覚えてやがれ!」
またたく間に去った彼らの背中を見送ると、大沢木はポケットに手をつっこんで立ち去りかける。
「いっちゃん!!」
日和は声をかけた。
「ああ?」
大沢木が冷たい目を寄越してくる。
「会って欲しい人がいるんだ!!」
日和は懸命に説得した。
彼が生きてきたなかで、これ以上に真剣になった瞬間はないと言うほどに。
「知らねえよ」
みじかく吐き捨て、去っていこうとする彼の腰にすがりつく。
「な、なにしやがる!!」
「ついてきてくれるまで、はなさね-!」
「このッ!」
ボコッ、とボディーに衝撃が入る。
腹の底から逆流してきた昼飯を、日和はふんばって堪えた。
「……いってぇ」
「はなせ! 今度は本気で殴んぞ!」
「気の済むまで、やれよ」
腹を決めた日和は、つかんだ腕に力をこめた。
本気はどれくらい痛いのだろう。と思った。
「…………」
日和にとっては、長い時間が経過した。
「いてーよ。ひーちゃん」
組んだ腕を、ポンポン、と叩かれ、日和は自分がどれだけ固く胴を挟んでいたのか気づいた。
腕をはなすと、表情をやわらかくした大沢木と目が合う。
「昨日は悪かったな。きついこと言っちまって」
「いや、オレだって、声かけられなかったからさ」
たがいに照れたように笑いあうと、日和は手を差しだした。
「仲直り」
「よせよ。気色わりィ」
日和が手を引っ込める気配がないことを知ると、大沢木はその手をにぎった。
「よっし!」
「泣かせるのう」
その両手に、さらに無骨な手がくわわった。
横をむくと、涙腺が切れたかのごとく涙で溢れさせた金剛が、赤ら顔でうんうんとうなずいている。
「青春じゃ。これぞ青春じゃ」
「こ、ここここのハゲジジイ。殺すぞ!」
顔を真っ赤にした大沢木が焦って手をひっこめると、臨戦態勢でハゲ頭をにらむ。
「金剛サン、なんでこんなとこいるんすか?」
「おまえの知り合いか!?」
大沢木の声に、日和は「まぁ、一応」と言葉をにごす。
「まさか、会わせたいやつってのは」
「違うから」
日和は早とちりを速攻で否定した。
「いまから師匠にしごかれにゆくのじゃろう?」
金剛はすぐに涙をひっこめると、ふところから小さな紙切れを取りだし、日和に押しつけた。
「これをとどけい。ワシはもうすこし、調べものがあるでの」
「はぁ、別にいいっすけど」
「では、たのむぞ」
そういうと、千鳥足でふらつきながら「南無…」とつぶやきチリンチリンと鈴のような音を響かせて去っていく。
そして日和たちは気づいた。
興味津々の観衆に取り囲まれている状況に顔を赤くし、ふたりは早歩きしてその場をあとにした。




