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二霊二拍手!~昇天巫女様とゆかいな下僕-アコースティックVER.-~  作者: にゃん翁
第二話 狂犬騒乱(きょうけんそうらん)
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「おっそ~い!」


 第一声がそれかよ。

 道場へ入るなり、美倉みすずがイヤミを言ってきた。


「うっせー」

「早くしてよ! あんたが居ないと、あえかさん教えてくれないんだから!」


 美倉みすずが『真心錬気道』の門弟となり、一週間が立つ。女優を目指していると自負するとおり、正座した姿は師匠に負けず劣らず見栄えが良い。しかも、日和とおなじ時間正座しつづけているくせに、耐性があるのか足がしびれた様子もなく立ちあがる。

 稽古けいこの型についても、見本を見せる師匠の一挙手一投足を間違えもせずマネる。それでも納得がいかないのか、何度も試しては真剣にアドバイスを求める。師匠もこころよく引き受け、感心したりする。


 いかん。


 このままでは一番弟子の座を追われることになりかねん。


「みすずさんは上達が早いですね」


 聞きたくもなかった一言が師匠の口からついて出た。


「はい! ありがとうございます!」


 屈託くったくなく笑うみすずにうなずき、あえかは日和に目を向ける。


「……春日君なんて、まだ壱の型すら出来ていないのに」

「ま、待ってください師匠! オレのどこがいけないんすか!?」


 日和なりに一生懸命練習しているつもりだが、いつまでたっても次の型に行くのを許可してくれない。


「なんですか、その肘は。九〇度を保ちなさい。足は肩幅ほどにひらく。ひらきすぎです。重心がかたむいています。わきを締めなさい。腹に力をこめて。もう一度」

「オレばっか」

「おしゃべりしない」


 ピシャリと注意されて、とほほと呻く。


「才能ないんじゃないですか~?」


 美倉みすずが上から目線で横から野次を飛ばす。


「ぐぬぬぬ……」


「才能とは努力すること。悩むこと。誰でも出来る当たり前のことを、どれだけこなすかです。埋もれた才能は開花しません。芽は育てるものです。みすずさんも、人のことよりも自分のことに注力なさい」


 しゅん、とうなだれたみすずを見て、日和はこころのなかで笑う。


 けけけ。ざま見ろ。


「春日君はその体勢を三〇分間保持しなさい」


 顔からサーっと血の気が引いていく。


「人は努力すればなんとかなるものです」


 ほほえみを浮かべる薄茶色の瞳の中に鬼がんでいる気がする。


「うぃーっく、やっとるのー」


 のしのしと、ボロ切れの黒袈裟を着た坊主が、酒瓶を片手に無遠慮ぶえんりょに入ってくる。


「あでやかな乙女が二人いると殺風景な場所も華やいでおるものよのう」


 オレは人数外か、と日和は体勢を維持しながら思う。


「はい。腕が下がっています」

「……すんません」

「おー、あいもかわらず今日もムチ打たれておるか、若人よ。感心感心」


(感心じゃねー)


 金剛のことは、みすずもすでに春日とおなじレベルには知っている。酔っぱらいの無駄飯ぐらいの居候いそうろう、三拍子そろったろくでなしという意味だ。


「うむ。良い。実によい。若いと肌の張りが違う」


 しかもエロオヤジ。


「金剛様、年頃の女性に不埒ふらちなふるまいはやめてください」


 あえかはみすずを後ろへかばうと、りんとした声を張り上げた。


「むぅ。見て減るものでなし」

「減ります。乙女の純情というものが」

「そんなものはしらん」


 師匠のうしろでちぢこまっているみすずを見て、いい薬じゃねえか、と日和は思う。


「今日はなんのようですか? 春日君のようなのぞきが目的ならお帰りください」

「ぐは!」


 日和は胸に矢を打ち込まれたように一歩下がった。


「はい。動かない」

「……すんません」

「おぬしに用がある」

「はい。それならば」

「ここで話すにわけにはいかぬ内容でな。静かなところがよい」

「わかりました。では」


 師匠は弟子ふたりに、現在の修練を引きつづき行うよう声をかけると、金剛とともに出て行った。

 残された二人は、たがいに一瞬を目を交わした後、そっぽを向いた。


「邪魔しないでよ」

「こっちのセリフだ」


 一〇分くらい経っただろうか。道場には時計がないため、正確な時間はわからない。


「師匠、もどってこねーな」

「……そーね」


 みすずも不安になったのだろう。うなずいてくる。


「そういやさ、聞いていいか?」

「なによ」


 日和の深刻な様子に、警戒の色を強めてみすずが返事する。


「おまえ、中学の三年間って、どんな生活してたんだ?」

「……ふ、フツーよ! 学校行って、勉強して、それから」

「オレのツレにさ。三年間、音信不通だったやつがいるんだ」


 日和の注意が自分の過去に向いていないことを知り、みすずは胸をなで下ろす。


「そいつとひさしぶりに学校であったんだ。ずいぶん変わっちまっててよ。別人じゃないかと思ったけど、やっぱりおなじだった」

「友達だったの?」

「ああ、友達だ。今だって、友達だ。そいつは、”狂犬”なんて呼ばれてさ、みんなに怖がられる不良になってた。一体どうしちまったんだろう、ってさ」

「それって、大沢木君のこと?」

「ああ、そう……って、なんで知ってるんだよ」

「あ、なに、だって、この辺じゃ有名じゃない。不良だし!」


 あわてた様子でわたわた取りつくろうみすずに、「まぁそうかもな」と納得する。志村たちでも知っていたからな。


「それで、その、彼がどうかしたの?」

「不良になってた」


 日和はそう言ってから、あれ、それはもう知ってるんだっけな、と思い直した。


「人間って、簡単に変わっちまうものなのかなー、ってよ。思っちまったワケよ」

「ふーん、めずらしくアタマ使って悩んだんだ?」

「……わざと引っかかる言い方するよな、おまえって。どこかの誰かさんみてえ」


 日和の頭に浮かんだのは、委員長の顔だ。


「アイツ、どうやら人捜しているみたいなんだ。それも、危なそうなヤツ。拳銃なんか持った中坊って、この町に、つーか、この国にいると思うか? 世界一安全な国なんだぜ?」


 それでも、日和は大沢木がウソをついているとは思っていなかった。あんなに怖いほどの目をして尋ねたからには、相応の理由があるに違いない。


「あんた、彼の友達なんでしょ? だったら手伝ってあげたらいいじゃない」

「手伝うって、おま――」


 言われて、日和はまさにそのとおりだと思った。

 だが、この女の言うことを素直に聞くのは気が引ける。


「――おまえ、でも、ホントにいたら、怖くね?」

「うっわー、腰抜け」

「なんだとぅお!?」

「ヤダ、キモーイ。腰抜けキモーイ」


 半眼であざけるように手を口に当てて自分を見下す態度がカンにさわる。


「ぐぬぬぬ!! 怖いわけねえじゃん! やったろうじゃんか!!」

「キャーカッコイ。じゃ。あたしも手伝ってあげる!」

「よし、今から町に繰りだすぞ!」

「それじゃ着替えなきゃだね」


 まんまとみすずの口車に乗せられ、日和はあえかの道場を抜けだし、”銃を持った中学生”をさがすことになった。


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