/3/
四時限目は体育の時間だった。
ゾロゾロと連れだって更衣室へと向かう女子と違い、男子は教室で着替える。体操服に着替えた日和は、学生服を着たまま教室を出て行く大沢木を見た。
志村たちにことわり、後をつけると屋上へとたどり着く。
ドアをあけて周りを見回しても、誰もいなかった。
「なんだ、ひーちゃんか」
上から声が聞こえる。
見上げると、貯水タンクの上で、大沢木が手を挙げている。
「いつからストーカーが趣味になったんだ?」
「趣味じゃねー!」
飛び降りてくると、大沢木はポケットに手をつっこんで歩いてくる。
「なぁ、なんかあったの?」
「なにが?」
教室にいるときはひどく声をかけづらかい雰囲気だったが、屋上には彼らふたりしかいない。大沢木の瞳は、昔見たような優しいまなざしにもどっていた。
「なんでそんな格好してるんだよ。マジメだったろ、おまえ」
「グレたんだよ。理由ならいろいろあるさ」
口にくわえたタバコを取り、灰を落とす。
「やめとけよ。心臓にわるいぞ」
「肺にわるいんだよ」
苦笑して、大沢木は友人の忠告どおりにタバコの火を指ですりつぶして消した。吸いガラはポケットに入れる。
「熱くないの?」
「昔からこうさ。シケモクって言ってさ、こうしておくと、あとでまた吸える」
「なぁ、なにがあったんだよ」
日和の質問に、大沢木は落下避けの金網をつかみ、外を見た。木に覆われた水蛭子山がみえる。
「……3年、か。南雲も、変わってなかった。昔から、アイツおまえとケンカばっかしてたな」
「はぐらかすなよ」
「悪ィ。ひーちゃんと話してると、決心がニブる」
大沢木は外を向いたまま、日和に言った。
「決心?」
「…………」
向けられた目は、”狂犬”の目ツキだった。
「ひーちゃん。知り合いに、中坊で、拳銃をオモチャにしてるヤツはいねぇか?」
「いねぇよそんなの! アブねえじゃん」
「モデルガンを集めてるヤツもいい」
「軍事オタクの知り合いは、いない、なぁ」
頭に浮かんだ見知った顔をひとつひとつ検索してみるが、一致するやつは居なかった。グラビアマニアなら一人いるが。
「そうか、じゃぁもう用はねえ」
そう言って、大沢木は背を向けた。
「ミリタリーオタクが、なんだって?」
二人がふりむく。
内山以下、彼らのグループ数人が、屋上のドアをひらいて出てきた。
「モデルガンなら、集めてるぜ。おれはこう見えて、親が自衛隊でよ」
モデルガンと自衛隊は関係ないだろ、と思いながら、日和は大沢木を見た。
「ほう」
目に光が奔り、獰猛な犬歯がのぞく。
「それじゃぁ、てめぇに聞くとしよう」
「いっちゃん。オレも手伝うぜ。アイツにゃ毎回いいトコつぶされて腹立ってたんだ」
「おまえは授業にもどれよ。マジメなんだろ」
「でも」
「そうだぜ。青ビョータンはすっこんでろ」
内山の軽口に飛びだそうとした日和を、大沢木が止める。
「こいつには手を出すなよ。俺に用があるんだろ?」
「ああ、よくわかってるじゃねえか」
「ひーちゃん、じゃぁな」
背中を押され、日和はくちびるを噛んで出口へ向かう。確かに、武道を習いはじめたばかりの自分では、体力自慢の運動部の連中にはかなわないだろう。
内山の横をとおり過ぎるとき、「次はてめえだ」とささやかれ、思わず拳をにぎりしめる。
「ひーちゃん」
大沢木に声をかけられ、ふりむく。
「南雲にヨロシクな」
優しい目だった。
扉を閉めると、すぐにケンカがはじまったようだ。
校庭へと廊下を歩きながら、日和は決心した。
もう少しまじめに、師匠の教えを受けよう。
昼休みに屋上へ昼食を食べに来た生徒が、気絶している内山たちを見つけ、先生に知らせた。内山たちは頑強に「寝ていました」と主張し、春日は黙っていた。
四時限目以降、大沢木の姿は学校から消えた。




