/1/
水蛭子山の山中に爆音が轟く。闇夜におおきくまぶたをひらいたライトの巨光がたがいを照らしだし、十数対のまなざしが一人の男へとそそがれていた。
「野郎ども! 準備はいいか!!」
180cmをこえる巨躯は白い特攻服につつまれ、『不倶戴天』の文字が背中に派手にししゅうされている。ほかにも『喧嘩上等』『天上天下唯我独尊』『四六四九』なぞ、日本漢字連盟が苦笑いをしそうなまちがった漢字が縦横無尽にならんでいる。
「おれたち”怒羅権救利忌”もすくなくなったが、熱い破亜渡は燃え尽きちゃイねえ! 伝説残した先輩にィ、顔むけできねえような奔りすんじゃねえぞコラァ!!」
「「おおうらぁ!!」」
ドルドルとエンジンを吹かす音が立てつづけに鳴りひびき、チームのテンションはいやがおうにも高まる。
「きょうは週に一度の爆走天国だ! ポリ公なんぞにケツ噛まれた野郎はおいてくぞクラぁ!」
「「おおうらぁ!!」」
リーダーに気合いをいれられた各員は、一様におなじような古めかしい成り立ちをして、血走った目でさけび声をあげる。”怒羅権救利忌”はかつてここら一帯をまとめ上げた伝説の族長”イナガキ”が頭をはった族で、今でこそ人数は減ったが、かつての集会では国道沿いをあまたのテールランプと爆音の波でヒカリの川をつくり出した事もある。
珍走団などとよばれる昨今、暴走族は急速な過疎の波に押され、人数もいまの程度になり、白い目でみられている。反社会の徒としては、そんな風潮になど腹から声をあげて吹き飛ばしてしまえという意気込みだ。
「そこぉ!! 声が小せえ!」
「押忍!!」
注意された新入りが、背筋を伸ばして声をだす。もはや応援団のようなきびしさだ。
「よぉし! てめぇらオレに付いてこい!!」
頭はめいっぱいに怒鳴り声をあげると、改造に改造を重ねてもはや原型を留めていないカワサキZⅡ(ゼッツー)にまたがり、アクセルをにぎる。
「あァん?」
いかめしい顔があやしげに歪む。
愛機の照らすフロントライトのまえに、誰かが立っている。
「ンだてめぇ」
「聞きたいことがある」
どこぞの馬鹿は声をあげた。
「おまえらのチームのなかに、拳銃持ったガキはいねえか?」
「どこの族の特攻だ? 弘樹んとこか?」
彼は敵対する族の頭の名前をあげた。
「またボコボコにしてミヤゲにされてぇのか? 今度は病院じゃすまねえぞ」
凄んでみせるものの、ひとつも臆した様子のない相手をいぶかしむ。
「……ちがうな」
ロン毛の少年は学生服を着ていた。まともな族が学ランなんぞを着るはずがない。
「答えろ」
「ああン? やっちまうゾコラァ!!」
仲間は奔りの興奮でアドレナリン全開だ。どこの誰だろうと、いまの俺たちを止められるヤツはいない。
頭は凶相を浮かべた。
「やっちまえ野郎ども!!」
30分後。
”怒羅権救利忌”は壊滅していた。
巨峰ブドウのように腫れた顔を引きずり起こされ、頭はおびえた目でたった一人でチームを再起不能にした男をみた。
「……”狂犬”大沢木一郎」
「誰がヒトの名前なんぞ答えろっつった」
大沢木は、こちらも傷だらけの顔で、それこそ狂犬のように獰猛な顔で凄んだ。
「答えろ。拳銃を持った中坊だ。知らねえか」
「し、しらねえ」
「……チッ! 無駄足かよ」
ボロくずのように頭をほうり捨てると、ズボンのポケットに手を入れて歩み去る。
「どこにいやがる。あの野郎」
するどい犬歯をのぞかせ、つぶやくのだった。




