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「まさか、僕のほうだったなんてね」
笹岡は頭を掻きながら、自分の影を見た。
「何となく、覚えてはいます」
「あれは、あなたの感情が凝り固まって出来た邪念樹の念。仕事ばかりに目を向けて、相手を顧みなかったせいで容貌をなした化生です」
湯飲みをかたむけながら、あえかは微笑んだ。
「なにごとも、度が過ぎれば害を為す。万物の真理ですわ」
「みすずのためだと思っていた。自由な時間を一切ゆるさず、レッスンに収録、睡眠時間を削ってまでがんばっている彼女に、僕は追い込むようなマネをしていたんだ」
再度気をうしなった美倉みすずの額に手を置き、
「マネージャー失格です」
「…………」
あえかは黙って緑茶を口に運ぶ。
「……僕はみすずのマネージャーを、降りようと思うんです」
ひとり言のようにつぶやくのを、あえかは黙って聞いている。
「僕は仕事人間だから、これから先も、ずっとみすずに無理をさせていくだろう。そんな僕がこれ以上彼女についていたら、きっと身体をこわしてしまうに違いないから」
「わたしは、芸能界という世界をよく知りませんが」
あえかは澄んだ瞳で笹岡を見た。
「本人の気持ちの確認もとらないのは、良くないのではないですか?」
「もう決めたことです」
笹岡は、憑きものが落ちた顔で笑った。
「僕は、人を導くのには向いていない」
「そうでしょうか」
あえかはコトリと湯飲みを置いて、自分の弟子を見た。
まだ縁側で、煙に包まれている。
「わたしも人のことはいえませんが、最初からうまく教えられる人間はいません。弟子が成長していくように、自分もまた成長していく。それを途中でやめるのは、相手にとっても、ひどい裏切りに感じるのではないでしょうか?」
「…………」
笹岡が黙るのを見て、あえかはほほをゆるませる。
「未練があるのなら、途中で投げだすべきではありません。必要なら、あなたが変わるように努力すればいい」
「ですが」
あえかは、ぽんぽん、と布団を叩いた。
「あなたはどうですか?」
はっと目を落とすと、美倉みすずがゆっくりを目を開けた。
「わたしのせいなの」
彼女は笹岡に向けてたずねた。
「わたしは昔から、ヘンなものばかり引きつける。みんな気味悪がって去っていった。だから今は、友達だって一人もいない。無意味な毎日から、ようやくやりがいのある毎日に変わってうれしかった。夢みたいだった」
「みすず」
「でも、今日でもう終わり。夢から覚めたみたい。ありがとう、笹岡さん」
微笑む少女の顔を見て、笹岡は決心した。
「そんなことはない! 美倉みすずはまだまだこれからだ! 幽霊だろうが妖怪だろうが、みすずのためならいくらでも受け付けてやる! そうだ。霊能タレントというのはどうだろう? 新ジャンルだ! アイドルの新境地だぞ! 俺が売る! 俺が売り出してやる! みすずの人生は、まだまだこれからだ!」
野望に燃える若き敏腕マネージャーは、そのタマゴの手をしっかりとにぎりしめた。
「これからも頑張ろうな、みすず!」
少女の目からこぼれ落ちる涙を見て、あえかはまたお茶を口に運ぶ。少しだけ苦いと思ったが、この渋みが日本茶の旨さだ。
顔をあげると、笹岡が身を乗りだしてきている。
「な、なにか?」
「そうと決まれば、相談があるのですが」
断りづらい雰囲気に、あえかは思わず頷いてしまった。




