/14/
「みすず!!」
声をあげ、靴を脱ぐのももどかしく、縁側をのりこえるとやすらかな寝息を立てている少女のもとへと青年は駆け寄った。
みすずって、委員長とおなじ名前なんだなぁ、とぼんやり思いながら、横にいる師匠にたずねる。
「いいんすか?」
「すこし、様子を見ましょう」
昨日の晩から少女を保護していることを告げると、青年は礼を言ってあえかに頭を下げた。
「ありがとうございます。見ず知らずの町で、こんな親切で美人なかたに助けてもらえるなんて」
美人なのは当然だが、他人に言われるとすこしムカつくなぁ、と日和は考えた。
「ぼくは、この子のマネージャーで、笹岡徹といいます」
「マネージャーって、この子、芸能人なんすか?」
日和の問いに、マネージャーは照れくさそうに笑って答えた。
「まだ売りだし中だけどね。キミくらいの年だと、ちょっと有名かもね」
「そういやぁ、つい最近見た顔のような気はするなぁ」
スヤスヤ眠る顔をじぃっと見てみる。ふっくらしたくちびる――点々とあるそばかす――くるくるウェーブのかかった巻き毛――童顔だ――頭のなかに、唐突に友人の顔が浮かぶ。
「あーーーーーーーーーーーーっ!!」
突如絶叫をほとばしらせた日和に、あえかと笹岡がなにごとかを顔を向ける。
「美倉みすず! ”みっちー”じゃん!!」
「あ、やっぱり気づいてなかったか」
青年は困ったような、どこか誇らしいようなほほえみを浮かべて、自分のプロデュースする少女をみる。
「なぜだ! なぜ気づかなかったんだオレ! 志村に自慢できたのに!!」
「いや、あまり言わないでくれるかな」
今度こそ迷惑そうに顔をゆがめ、笹岡がつよく止める。
「彼女は今、勉学とタレント業を両立しているんだ。下手に騒ぎたてると金のタマゴがマスコミの連中につぶされてしまう。それだけは避けたい」
「そうか。オレは”みっちー”を背負ったのか」
フフン、とひとり物思いにふける日和に、笹岡はあえかに困ったような目を向ける。
「あとできつく言っておきますからご心配なさらず。それより、昨日何が起ったか、お聞かせ願えますか? すこしはお手伝いができるかと思います」
いつも姿勢の正しいあえかは、まっすぐな目で笹岡をみてそう告げた。
ほほを赤らめ、笹岡が視線をそらす。
その挙動を日和は見逃さなかった。
「てめー! オレの師匠に色目つか――うきゃっ!」
「黙りなさい」
立ち上がりざまに腕をとられ、足払いをかけられた日和は、後頭部を強打させて叫び声をあげつつ床をごろごろと転がる。
「あの」
「この少女には、式神が取り憑いていました。こちらで祓いましたが、またおなじようなことが起るでしょう。もとを絶たなければなりません」
「式神?」
「わるい霊とお考えください」
「霊、ですか」
不審なものでも見るように、笹岡はあえかをみる。
「今までも、おなじようなことはありませんでしたか?」
その視線を受けても動じず、あえかは比較的優しげに声をかけた。
「今までも、ですか」
考えこんだ笹岡は、はっとしたようにあえかを見た。
「思い当たることがあるのですね」
「ですが、みすずは気にするなと」
「でしょうね。霊障を認めていない方にそういった話をすると、奇異な目を向けられますから。偏見はいつの世でもなくなりません」
あえかは静かに告げると、笹岡が口をひらくのを待った。
「……最初は、冗談だとおもっていたんです。車のバックミラーにおかしなものが見えるとか、ずっと誰かに見られている感じがするとか。先ほども言ったように、みすずは勉学とタレント業を両立させようとしているため、スケジュールはとてもハードなものです。その疲れからだと思っていました」
訥々(とつとつ)と語りはじめる。
「最近になって、『誰かが自分を追ってくる夢をみる』と言ってきたんです。たかが夢じゃないか、と笑って気にしなかったのですが、昨日撮影のためにむかえに来ると、突然「影が追ってくる!」と言って逃げだしました。それからはもう、撮影所には頭を下げるは、町中探してまわるはで、見つからなければ、興信所にまで頼もうかと」
「夢見が現実になった、と」
愚痴混じりになりかけた笹岡の言葉を遮り、あえかは考えこむように目をとじた。
「ゆめみ? ああ、そうですね。夢が現実になったというのでしょうか」
「春日君」
あえかは立ち上がると、床で呻いている日和に声をかけた。
「用意なさい」
「うきぃぃぃ……な、なにをっすか?」
「祓い儀の準備をおこないます」
「祓いの儀!?」
飛び上がった春日は、痛みすら忘れてあえかの前にひざまずく。
「禊の準備はおまかせください」
「ええ。おねがいします」
そういうと、あえかは心持ち真剣な面持ちで、二階の自分の部屋へのぼっていった。
「あの、ぼくはどうすれば……」
「ご安心めされ。お客人」
日和は笹岡に向けて「一歩もそこから動いてはなりませんぞ」と釘を刺し、自分は二階の階段をのぼっていった。
すさまじい叫び声があがり、階段を転げ落ちるような派手な音が聞こえ、それがおさまると静かな田舎町の風の音だけがさわさわと聞こえてきた。




