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帰り道。
今日も日和は、目当てのものを手にすることができず、とぼとぼと壊れた自転車を引きずって歩いていた。
道場に通いはじめて二週間。
いまだ彼は武道を極めるより目の前にあるものさえつかめていなかった。
「なぜだ。オレ、こんなに一生懸命やっているのに」
はたから見るかぎり、彼は熱心な武道少年だった。顔中傷だらけであるのも、いわば勲章に見えなくもない。
轟あえかは”舞姫”の字を当てられたお祓い師だ。舞うことで神の依り代となり、その力の幾ばくかを身に卸す。これが”神卸”という秘術で、『真心錬気道』はそのための素養となる踊りと、身に卸した形で戦う武技が大まかな稽古として大別される。
まだ日和は”舞技”にまで行き着いていないため、もっぱら”武技”の鍛錬ばかりをしている。”武技”といってもやはり古武道の一つであり、そのほとんどは相手の力を御して返し技とするものが多いが、急所ねらいやひじ、ひざ、すねなどの身体の硬い部位を武器に使った攻撃技もいくつか用意されている。それを極めれば、対人用格闘術としては上出来な部類に入るだろう。
だが『真心錬気道』は、人外のものへの対処をも目的としている。”武技”を極めたものは次に”舞技”に至る。舞うことで神への信仰心を高め、身を依り代に対霊用の戦闘力を身につける。今日、あえかがみせた技がそうだ。
”舞技”は、訓練よりも素質を問う。神をより近くに感じることのできる人間がより力を得やすい。だから、”武技”を極めたものが”舞技”まで極められるとはかぎらない。どうしても”舞技”を発揮できず、破門された人間すらいるのだ。
『真心錬気道』の路は険しい。
「そういやぁこの時間だと、修理屋も開いていねえだろうな」
あえかにしこたま絞られて、回復に時間を要してしまった。時計を持っていないので正確な時刻はわからないが、もう八時を回っているだろう。
置いて帰るしかないか。
適当に停めても公僕に見つからない場所を探し、帰り道を遅めに歩く。
暗い夜道。
田舎の道には電灯の明かりがすくない。あまり歩いていて気味の良いものではなかった。
それに、ここは弓杜町だ。何が出ても不思議ではない。
「…………」
日和は黙って足を急かした。
「!」
電柱の暗がりになにかいる!
声をあげようとした瞬間、よろめいた影がでてきた。
サングラスにハーフパンツ。昼間の女の子だ。
だいぶ疲れているようで、ぐったりとしている。
「おい、大丈夫か!」
あわてて駆け寄る日和。
少女は顔をあげるなり、悲鳴をあげて逃げだした。
「ちょ、待て! ちゃんと説明しろ!!」
そんなにオレの顔はひどいのか!?
愕然と自信喪失している彼の前で、不思議な現象が生じた。電柱の影がぐにゃりと立ち上がり、人の形をとると、足音もさせず少女を追いかけだした。
「あいつ……!」
日和にもわかる。だてに霊感が飛びぬけて高いワケじゃない。
邪霊に追われてやがる!
少女が角を曲がるのを見ると、自転車をほうりだして走り出す。足には自信がある。だが、あの黒い影の横を突っ切れるほどの勇気はない。
頭のなかに広げた地図から、最短距離を割りだす。
かけだした彼は、物置の裏を突っ切り、はずれた木の塀を蹴りあげ、クサリでつながれた犬の射程圏外を駆けぬける。
ものの十分もしないうちに、ばったりと少女に出くわした。
「きゃあああああ!!」
今度は本当におどろきの悲鳴をあげ、後じさろうとする少女の手を強引につかむ。
「助けてやる。ありがたく思え!」
腕をひっぱると、少女は素直に従ってついてきた。
言った後で、日和は後悔していた。
どうやって助けりゃいいんだ?




