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 チチチ。


 チチチ。


 朝を告げるすずめの声。

 やわらかく差しこんでくるの光。

 四角く背伸びしながら、まぶしい輝きがいくつも伸びている。

 等間隔に1、2、3、4……窓の数だけ光があふれる。5、6、7、8……全部で八つ。いや、逆もいれると倍だから16。


「…………」


 かぐわしい朝のにおい。

 え間なくりかえされようとする一日のはじまり。

 人間という存在が知恵を手に入れてから今日まで、いくつこの光景を目にしたのだろう。


 朝と夜が繰りかえされて一日となり、それが365回繰りかえされると一年となり、現代の平均寿命は80ウン歳だという話だから一生に生きて見ることのできる朝の景色は365×約80イコール……


「…………」


 そういえばオレは数学がキライだ。

 なんだって昔の学者はあんな無意味なものをカリキュラムにくわえやがったんだろう。

 あんなもの大人になって本当に役に立つんだろうか。


 はなはだ疑問だ。


 別にはじめて赤点をとったのが数学だったから憎いワケじゃない。

 確かにあれがケチのつけはじめではあることは事実だが、もっと他にタメになる学科というものがあるのじゃないだろうか。


 そう、たとえばだ。

 人間が人間として生きていくために最大限活用されるべき科目、それはもちろん――


 《保健体育》だ。


 昨今風紀のみだれがいちじるしいからな。


 ()()前に学べ、というやつだ。

 知識がないのに本能だけで事を起こすから取りかえしのつかない羽目におちいる。

 学生のうちからすでに人生棒にふってるようなモンだよな。

 80年も生きる人生、後先かんがえず行動起こすと残り60年後悔しつづける日々だ。


 それでアレだ。


 親父みたいにおふくろに四六時中尻にしかれて見ているこっちが情けなくなる。

 完全に反面教師だ。

 オレは親父みたいな失敗はしない。

 そしてその目論見もくろみは、すでになかば完成していると言っていい。なぜなら、


「…………(チラッ)」


 ばれませんよーに。

 正面に女性が正座している。

 ながい御髪おぐしを邪魔にならないようにまとめ、きれいなまつげは精神統一のためにピタ、とふさがれている。


 ちまたにあふれるメイクだらけのフェイク美人とはちがう、化粧けひとつない肌は健康的な張りがあり、すらりととおる鼻梁びりょうの先に、桜色のくちびるがやわらかな吐息といきを吐きだしている。


 ゆったりとした呼吸にあわせて上下する胸元。


 動きやすいように大きめなサイズの道着はゆたかな胸のふくらみを隠しきれず、トクントクンと脈打つ鼓動こどうにあわせてゆれている。

 世にいう巨乳の範囲ではないが、女性のバストというものはでかけりゃいいってものじゃない。


 形とやわらかさ、そしてさわり心地。

 そう、さわり心地こそがこの世に生きる男性のもとめるモノではないだろうか。そうにちがいない! EだとかFだとかGだとかすでに人間ではないそれは牛だ! 巨乳にむらがる男どもは牛に発情しているのだ! オレは人間だからな。人間らしいチチをもとめてここにいるのだ!


 はっ! いかん!


「…………ッ」


 精神集中!

 あやうく鼻息でバレるところだったぜ。

 まさか気づいていないよな。


「(チラッ)」


 !!!

 目が開いている!

 しかも! この突き刺すような冷たい視線はッ!!


「春日君」

「なにも見ていません!」


 目をしっかりと閉じる。二度と開きませんようにッ!

 ほう、とつややかなため息が聞こえる。


「(チラッ)」


「怒ってはいません」


 怒っている。オレは直感した。

「ほんの出来心だったんですぅ! だから破門おいださないでえぇぇ!!」

「破門なんてしません。嘘をついたことを怒っているのです」


「やっぱり怒っている!」

「……怒ってはいません」


 ほう、とため息。

 わずかにひねった拍子ひょうしにあらわになる白いうなじ。世の男なら誰でも目を引かざるを得ないこのつやっぽさ。

 オレなら悪魔に魂売るね。


「……なにかまた、よからぬ事を考えていますね」

「とんでもないっ! 誤解っす!」

 全然誤解じゃない指摘を必死に否定する。


「春日君。わかっているのですか。あなたはこの真心錬気道唯一の門下生。正しくことわりを理解し、舞技をきわめてもらわなくてはなりません」


「もちろんですっ師匠!」


「真心錬気道は神卸かみおろしの舞技。争うことなく相手の気をおさめるためにふるわれる技。そのためにはいついかなる時も平常心でいることが大事なのです」


『真心』は『まごころ』ではなく『しんしん』と読むそうだ。

『練気道』は気をる道と書いて『れんきどう』。

 気道、というマニアックな武術のさらにマニアックな一流派として存在するらしい。

 当然、本やテレビに取りあげられたこともない。

 秘伝の奥義といってはいささか語弊ごへいがあるが、誰にも知られることなくそれでも数百年の時代を経た由緒正しい武術らしい。


 そして、この女性ひとはその正当後継者であり、オレの師匠でもある。


 年齢は22歳。

 高一のオレとは7歳も年の差がある大人の女性だ。

 ただし、オレにとってはのり越えられる壁だとおもっている。

 年の差なんてモノは恋する男にとっていったい何の価値があろう! 現代は死にぎわ近いジジイが二十歳をすぎた美女と結婚するご時世。そんな障害などぬるい! ぬるすぎる!


「話を聞いていますか?」

「あ、はい」


 オレとしたことが。


 とどろきあえか様。

 美人。推定バストサイズ83のC。安産型。

 正座した姿はりんとして咲くリンドウの花よう。

 ほそおもての顔にうれいを帯びたまなざし。

 健康な男子ならその姿を見ただけでそれまでの一生を懺悔ざんげしてしまうような魔性ましょうの魅力をそなえた女性。

 それがオレの師匠、そしてオレの恋する女性だ。


 師匠のためならオレは死ねる。


「よろしいでしょう。黙練はこれまでにして、組み手とまいりましょう」

「待ってました!」


 オレはしゅたっ、と立ち上がり、かまえをとる。


「やはり男の子ですね。黙して座っているよりも、体を動かすほうがほうがよいでしょう」

 ほほえんで静かに立ち上がる師匠。

 その胸元に、オレの目は集中する。


(今日こそはっ!)


「まず構えから」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 一匹のケダモノと化しておそいかかる。

 ふわりと髪の毛数本を残してその姿がかき消える。


「構えて」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 腹の底から雄叫おたけびをあげて襲いかかる。

 かすりもせずにオレの腕は空をつかむ。

 なにくそっ!


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 その手がやわらかな風につつまれたと思った瞬間、


 ビタァァァンッ!


 天地がひっくり返り、背中がいきおいよく打ちつけられる。


「ぐふっ」

 う、受け身すらとれなかった。


「構えがなっていません。もう一度最初から」

 伸びてきた細い腕。

 その先にかすかに見える道着の奥。

 無防備だ。

 痛む背中を気力で無視し、あり余る生命力で立ちあがりざま手を伸ばす。


「もらったッ!」

 目指すは――チチ!!


 師匠がほほえむ。

 菩薩ぼさつのような笑顔で。


「溌ッ」


 伸ばした腕がハエのごとくはたき落とされ、あらがえぬままにグルリと背中にまわされる。


「いてててててててて!!」


 関節を決められて叫ぶオレの耳元に、優しげなささやきが届く。

「このまま腕をへし折られたくなければ、きちんと構えをとりなさい。いいですね」

「ははははいいっっっ!」

 あまりの痛みに涙で視界がにじんでくる。


「よろしい。では」

 師匠が腕を放した。


「まだまだぁっ!」


 このくらいのことでオレはめげないっ!

 関節技を決めるには相手に近づかなければならないことが欠点だ。この好機を逃してなるモノか!

 そのチチもらっ――


「天誅!」


 露骨ろこつな衝撃がほお骨まで粉砕ふんさいするかのごとく、すさまじい破壊力をともなって頭蓋骨にめりこむ。


 次の瞬間、オレは何度か見覚えのあるお花畑にたたずんでいた。

以前の冒頭消しました。(2014/7/23)

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