家政婦踊る木、のち村長と魔物
狼男は踊る木の予想以上の器用さに驚いていた。
目の前で繰り出される正確無比かつ極めて高速な針裁きはミシンも真っ青である。
踊る木に裁縫の基本を教えたお隣の奥さんもまさかここまでとは思っていなかったのか目を輝かせてみている。
しかも踊る木はまだまだ枝を余らしておりこの調子なら同時並行で作業を行い更なる高速化すら望めるのだ。
「凄いわねえ…踊る木ちゃんの能力なら機械要らず、いえそれどころかたった一人で今までの何倍もの作業量をこなせちゃいそうだわ」
「ええ、正直俺も驚いてますよ。まさかここまでだったとは…」
踊る木の枝はあわゆる意味で優秀だった、そしてその本体である踊る木の学習能力も非常に高い。
大体のことは一度二度教えるだけでこなして見せる、それも機械のような正確さでだ。
村に居ついてからまだ一週間しか経っていないというのに手話もどきをはじめ、農耕狩猟に家事全般他となんでもござれの習得速度。
日常生活では出来ないことの方が圧倒的に少ないのだ、人間どころか狼男基準でも異常すぎる優秀さだった。
「もう家の中では俺の出番がないくらいですよ、仕事から帰ってきたら食事が用意されてる生活って本当に楽です」
「あらあら、狼男さんが婿に欲しいなら踊る木ちゃんは嫁に欲しいといったところかしら?家政婦でもいけるわね」
「俺が婿に欲しいというのはちょっと分かりませんけどたしかに踊る木は嫁に欲しいぐらいでしょうね、事実俺の生活は楽になりましたし」
そんな話をしている間に踊る木は作業を終えドヤッとでも言わんばかりの態度で完成した服を見せて来る。
「本当に早いわねえ。なんだか服飾関係の工場を見学している気分だわ」
一定かつきめ細かい縫い目で合わせられた布は見事に実用性重視の作業服に姿を変える。
布があまり良いとは言えない品質なため微妙な部分もあるが十分な出来だろう。
ちなみにこの服はかなりボロボロになっていた狼男の猟師服として使われる予定である。
「それにしても踊る木の優秀さはなんなんだろうな。優秀すぎて俺の立場がないよ」
(そんなことはない)
「あらあら謙遜しちゃって、もう私が教えれることがないくらいに優秀よ」
(自分はまだまだ)
過ぎたる謙遜はなんとやらであるが踊る木は嫌みがない、というより本人は本気でそう思っているためなんとも言えない気分にさせられてしまう。
これが噂の樹木セラピーというやつであろうか、いや違うが。
その夜、村長は学校での仕事も終わり自宅へ帰っていた。
相変わらず怪しい道具や置物でごったがえしている部屋、そして妙なお面に囲まれた村長執務室。
しかし今日は少しばかり様子が違った、離れにある資料室に灯りが付きそこに小さな影が見える。
「やはりおかしいのう…」
村長は各所から集めてきた資料を見ながら思案する。
村長が手にしている資料はここ最近新たに発見された魔物の情報をまとめたものとここ「八年間」の魔物の推移である。
プランク村には当たり前のように魔物が二体もいるがそれは間違いなく異常なことなのだ。
特に八年前までは新しい種が確認されることなどまずなかった。
なのにここ八年間では狼男と踊る木を含め、少なくとも十八の新種魔物が発見されている。
「魔物の個体数が変動するのは分かる、魔物とて生き物なんじゃから環境に変化があれば増減もするじゃろう。しかし新種が現れているというのは一体どういうことなのじゃ…」
村長らしくもなく頭を抱えうなだれている。あまりにも常識が通用しない、あまりにも意味が分からない現象だった。
だが村長は確信していた、これは発見ではなく出現なのだと。生物学的な新種の発見ではない、今までとは違う全く新しい魔物が生み出されたのだ。
村長は彼の数少ない魔物研究仲間から届いた手紙を見る。
そこには書かれたある言葉が村長は気にかかっていた。
「新世代のう…たしかに今までとは明らかに違うがのう」
手紙にはその友人がなぜ新世代などという言い方をしたのかがつらつらと書いてある。
曰く、発見されたほぼ全ての新種魔物が一種一個体のみしか観測されていない。
曰く、一種一個体の魔物は一様に高い知性を持っている。
曰く、一種一個体の魔物は人間に対して理解を示している。
曰く、俺の見つけた吸血鬼(仮)ちゃんが可愛すぎて生きるのが辛い。
「あほうじゃのう、あやつは相変わらずあほうじゃのう。それも頭のいいあほうじゃからなお性質が悪いのじゃ」
指摘そのものの正確さを全部台無しにする最後の一文であった。
しかし自分もそちら側だと自覚がない村長もどうなのであろうか。
「なんにせよもっと本格的に調べぬことには分からんのう…村の中の二体だけではサンプルが少なすぎて到底分からんのじゃ」
二体の住む猟師貸家の方を見る村長。
長いため息を一つ吐き椅子から腰を上げる。
「一度、あやつと直接話し合わねばならぬかのう…吸血鬼とやらも気になるしのう」
離れから外に出る村長。唯一の住人が去ったことで灯りは全て消えている。
空には心なしか光を強めた満月が昇っていた。