狼男とヒューズ、のち怪物店長
あるところに、狼男という化け物が住んでいました。
彼は狼の頭に人間の体をあわせ持つ不思議な化け物でしたが、木こりと猟師の二足のわらじで生計を立てる一村人でもありました。
そんな彼がいつも通り村の集会所で仕事終わりに新聞を読んでいるとだれかが後ろから声をかけてくる。
「おう、狼男。今日はなかなかの成果だったそうじゃないか一杯奢ってくれや」
声をかけてきたのは狼男と同じく猟師をしているヒューズでした。
「ヒューズさん、生憎ですがまだ今月の家賃を払えてないので勘弁してくださいよ。それに俺が酒飲むと面倒なの知ってるでしょう?」
狼男は村の猟師貸家に住んでいる。村で猟師として働く代わりに格安で(日本円にして月約15000円で共有井戸と風呂屋回数券付き)提供される物件なのだが、収入が不安定かつはめをはずしやすい気性の持ち主が多い猟師はそれでもたまに滞納するのだ。
狼男は珍しい無滞納者であるが彼自身が語るように酒癖が悪く猟師が猟師に狩られるという奇妙な事件を起こした前科持ち、自重するのも当然言える。
「面白くねえな、俺なら酔っぱらって暴れだしたお前ぐらいをふんじばって井戸に放り込むこともできるから不安はねえというのにな」
「そりゃヒューズさんやベテラン猟師の方々は酔っぱらってても俺を止めれるでしょうけどねえ…」
「なあに酒場の姉ちゃんだって三人がかりなら大体の奴は止められる。まあ俺は返り討ちにしてお持ち帰りだがな」
「従業員に手を出したらあのトンデモ店長出てきてそれこそ井戸送りでしょう」
「そりゃ違いねえ、人間でも狼男でも人形ならあの人にゃ勝てねえよ。ありゃ対人形専門猟師が本職で酒場の店長が趣味だろう、そうに決まってる」
ヒューズはどこからともなく取り出した水筒を開け脳裏によぎった過去の失敗を振り払うかのように一気に中身を飲み干した。
この独特の匂いは酒だと狼男の自慢の鼻が告げる。そして人を誘っておきながら目の前で飲むのはどうなのかと突っ込みたいのを抑えつつ、ふと思ったことを口に出した。
「ん?ちょっと待ってくれ、その口ぶりだとヒューズさん…」
「未遂だっ!それもただデートに誘っただけだ、本当だ、だからそんな目で俺を見るなあ!」
ヒューズは必死に弁明するがそもそも未遂でも色々とまずいのではなかろうか…
狼男はもともと細い目をさらに細めてヒューズを見る。ただこれだけでも今のヒューズには効果十分であった。
頭を抱えひたすらに「違う、違うんだ、本当に違うんだよ」といったようなことをうわ言のようにつぶやき続けるヒューズとそれを無言で責める狼男、これもある意味狩人が狩人に狩られている状態なのかもしれない。
「ちょっと派出所まで行きましょうか」
「だから違うと言っているだろ!冗談じゃねえ、そもそも俺の方が被害はでかいぐらいだ!」
「いつの間にそんなしょうもないことをしたのかは知りませんが、三十過ぎたおっさんが十代の娘さんをナンパは駄目でしょう」
「あの姉ちゃんらは妙に大人っぽいからやっちまったんだよ!だが未遂だ、俺は店長に空中コンボ食らわせられたかわいそうな被害者なんだ!」
空中コンボとは格ゲー界隈における一種の技だが、現実でやろうとすると滞空時間の短さとそもそも人間が人間を吹き飛ばすのが難しいという理由によって不発に終わることが多い。
出来たら人間卒業と言ってもいいだろう、というよりそこまで行くと素手で熊と殴り合いが出来てしまう完全な人外である。
「はー…ヒューズさん、流石の店長でも空中コンボは無理に決まっているじゃないですか。狼男な俺でも人間を垂直に殴り飛ばし続けるのは無理ですからね」
「お前は知らないからそんなことを言えるんだ!」
ところ変わって村人の憩いの場、酒場。
飲み崩れた狩人や都市の方から来た商人、いつも通り酒場の隅っこの定位置にいる影の薄い村長やそれに絡む酔っ払い共、様々な人間が騒いでる。
だがしかし今日は少しばかりいつもと様子が違う、カウンターの近くで頭のかわいそうなお客様が酒場の娘にちょっかいをかけていたのだ。
察しの良い商人やこれから何が起こるかわかっている村人はそっとそこから離れていくが、問題のお客様は気づかない。
後ろに良い笑顔の店長が仁王立ちし既に拳を握り込み準備完了していることにさえ気がつかない。
「姉ちゃんよお、今晩俺と一緒にどうですかあ。というか拒否権はねえ、ひゃっはー!」
「あの…お客様困ります、それに後ろ…」
「あ?後ろ…ぎょぇ」
その瞬間、圧倒的な暴力が彼に襲い掛かる。
振りぬかれた店長の拳はヒューズの言う通り彼を宙に浮かせて余りある威力を持っていた、そして浮き上がりきることすら許さず飛び上がった店長から二撃目が繰り出される。
今度は打ち下ろし、浮き上がる体を無理矢理に力で叩き下ろす、その時彼にかかる力は凄まじくそれに比例して彼の苦痛も半端ではないものになる。
そして店長は宙に浮いたまま彼を無理矢理に蹴り上げる、もうここからは単純なループだ。
打ち上げと打ち下ろしを凄まじい速度でつなげていき彼の体の一部が地に着くことも浮ききることもない。
このはめごろしコンボが終わるまでかかった時間は十数秒、だが彼の心と体を砕くには十分だった。
唖然として通報しようとする商人、そしていつものことだと止めにかかる村人たち、ここまでいつも通りである。
これでも絶妙に手加減されているらしく、ヒューズで分かるように後遺症が残ることはない、この世の不思議だ。
「あ…ぜ…」
「うちの娘に手を出すならせめて品行方正かつ酒が飲めて、何より俺を倒せなくてはなあ…話にもならんぞ小僧」
お客様あらためぼろ雑巾を店長が担ぐ、井戸行きだ。
「あーあー、あのよそもん馬鹿やりやがったなあ…」
「だよなあ、ありゃ一月は動けんぜ」
「ちょ、ちょ、あれはなんですか!?本当に人間なのですか!?」
「ああ、ありゃプランク村名物怪物店長だよ。あ、ちなみに狼男もいるぞ」
「お、狼男!?噂には聞いていましたが本当に…ってそんなことよりあれは傷害罪で訴え「無理じゃのう」え?」
わめく商人を遮るように酒場の隅っこから声が飛んでくる。
「いつものことじゃし、なにより」
「なにより?」
「わしも怖いし」
(駄目だこの村長、早くなんとかしないと…)
こんなのでも村長としては一応優秀な部類に入るのだから世の中分からない。
そして狼男の住むプランク村はもっとよく分からない。
狼男の住む村というより怪物店長の住む村じゃね?