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「まだまだ一人前にはなれないんだけどさ。ここは知り合いの農園なんだ。雇ってもらって色々勉強してる」
優斗は僕の手を握ったまま歩く。
なんだか、恋人同士が手を繋いで散歩しているような、そんな穏やかな空気だ。
……って、恋人同士ってなんだよ!
と、自分の考えに突っ込みを入れた。
どこかで自分勝手に都合いいように考えるのは僕の悪い癖だ。
握られている手だって……いい加減離してくれてもいいのに。
そっか!
手を握っているのが悪いんだ!
「何作ってるの? ビニールハウスの中は全部同じ野菜?」
話を変えてさりげなく手を離そうとしたけど、それは許されず、もっと強く手を握られた!
どっきーーん! と、心臓が破裂するくらい震えて、ドキドキドキドキと耳裏で血管が大騒ぎしている。
そんな僕とは対照的に、優斗は表情を変えずに歩いている。
そうだよね。
僕が勝手にそう思っているんだから。
うん。
そうなんだ。
勝手に想って、振られて、怒ってる。
毎年別荘に来る子供としか思われてなかったのに、もしかして両想いなんじゃないかって勘違いして告白して玉砕した3年前。
それからもう優斗の事は忘れようって……嫌いだって言い聞かせて過ごしてきた。
でも、こんなにドキドキして胸が痛いのは、やっぱり好きなんだなぁって思った。
手を離したくないって思っちゃう。
絶対言わないけど。
「これが俺の仕事場」
何棟も立っている大きなビニールハウスのひとつに入る。
そこには真っ赤に熟れたトマトが沢山実っていた。
「トマト作ってるんだ」
「……」
「水の調整とか、虫の駆除とか結構大変なんだ。今年はこれまでで一番いい出来だった」
優斗は楽しそうに笑ってそして、
「これを……、今の俺をお前に見せたかったんだ」
突然真剣な眼差しで僕を見た。
今度は心臓が大きく跳ね、もしかして口から飛び出してくるかと思った。
「どうして……?」
「俺が変わったって知って欲しいから。死ぬほど嫌いだったトマトを食べられるようになったって凄くないか?」
「……」
凄いと思う。
本当に嫌いだったもんね。トマト。
「トマトうめぇって思った時、浮かんだのは颯太の顔だった」
優斗が僕を見て優しく笑う。
ドキドキバクバクと心臓が暴れている。
どうしよう……
苦しいよ。
どうして僕の顔を思い出すんだよ?
そんな……変に期待してしまう言葉なんて言わないで……
「俺さ……3年前……」
優斗が何か言いかけようとした時、優斗の携帯が着信を告げた。
携帯を見た優斗の表情が曇ったのは気のせいだろうか?
「ちょっとごめん」
優斗は僕の手を離して、ビニールハウスの外に出て行った。
どうしよう……痛いよ。
息が出来ないくらい痛い。
何を言おうとしたの?
3年前って何?
足の裏までドキドキして暫くその場を動けなかった。
しゃがみこんで頬っぺたに手の平を当てた。
……熱い。
今、僕は凄く真っ赤な顔をしていると思う。
どうしたらいい?
どうしたらこの心臓が……気持が落ちつく?
……歩いてみようかな。
「よし」
小さな声を発して立ちあがると、ビニールハウスの中を歩いてみた。
今日は心臓が爆発しそうになったり飛び出しそうになったりと忙しい。
ビニールハウス内を数周回ると息苦しくなってしまった。
だいぶ落ち着いたから今度は外の空気吸おうと思って出ると、軽トラの前に優斗が立っていた。
誰か女の人と話している。
凄く真剣な顔だ。
あ、違う。
怒っているんだ。
原因は分からないけど、女の人に怒っている。
なんだか見ちゃいけなかったような気がしてビニールハウスの中に入ろうと思ったけど、女の人が僕に何か言ったような気がした。
僕がここにいるのを驚いているみたいだ。
優斗も僕を見た。
どんな顔をしているかは分からないけど、なんだか気まずくてこれ以上ここにいちゃいけない気がした。
「僕! 帰るね!」
腹の底から声を出して優斗に言い、手を振ってその場から道に上がった。
道向かいの田んぼに下りて畦道を歩きはじめる。
この道をまっすぐ行けば、別荘から来た道に出るはずだ。
コケない様に下を向いて急いで歩く。
何も考えない様にして、足元を注意して歩いた。
毎日アスファルトの真っ平らな道しか歩かないから、畦道を歩くのは結構大変だ。
足元に集中するので、優斗の事をあまり考えなくていい。
でも、
「颯太!」
突然背後から優斗の声が聞こえた。
声が怒っているような気がして思わず足を止める。
「どうしたんだ? 突然帰るって……」
「あ……、いや……、じゃ、邪魔しちゃいけないかなぁ……って……」
しどろもどろに答えると、頭をポンポンと軽く叩かれた。
「邪魔って何だ? ほら、まだ終わってないから戻るぞ」
優斗は僕の手を掴んでぐいっと引き寄せた。
体が反対を向き、僕は優斗の顔を見た。
「……なに、泣きそうな顔してんだ? ちょっと放っておいたから寂しかったか? ツンツン」
優斗が僕の顔を覗き込みながらニヤリと笑った。
「が、ガキじゃあるまいし! 邪魔しちゃいけないかなって気を利かせたんだよ。ツンツンって言うな」
睨むと、
「そうかそうか。ほら、行こう」
優斗は笑いながら僕の手を握ってビニールハウスに向かう。
なんだよ!
子供扱いして!
頬を膨らませて優斗の後ろを歩くが、女の人はもう帰ってしまったのか、姿を見る事はなかった。
誰だったんだろう?
どこかで見た様な気がするけど、気のせいかな?
繋いでいる手を見た。
大きな手。
追いかけてきてくれたんだ。
凄く……嬉しい。




