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毎年、別荘に行くのが楽しみだった。
優斗兄ちゃんに会えるから。
優しいお兄ちゃん。
魚釣りとか木登りとか勉強を教えてくれる。
大学の勉強で忙しいから邪魔しちゃ駄目だってお母さんは言うけど、気にしなくていいって言ってくれて、毎日一緒に遊んでくれるんだ。
僕が住んでる東京は生活や遊びに不自由しなくていいけど、この自然豊かな土地も大好きだった。
だから高校もこっちの学校を選んでもいいなぁ。
ここに住めば、お兄ちゃんと毎日一緒にいられる。
そんな事を考えるくらい、5歳年上のお兄ちゃんが大好きだった。
本当のお兄ちゃんだったらいいのに。と、毎日思ってた。
朝起きて、ご飯食べたら夏休みの宿題をする。
お昼過ぎにはお兄ちゃんが家に来てくれて、宿題の答え合わせと1学期の復習をするんだ。
お兄ちゃんはとても頭がよくて、説明も凄く分かりやすい。
だけど、時々分からない振りをするんだ。
その時は物凄く真剣に何度も何度も教えてくれる。
その顔がとても好きだった。
でも、そんな嘘は何故か見破られ、お仕置きだと言って体中をこちょこちょされる。
僕は腰がすっごく弱くて、死ぬほどくすぐったくて転がりまわる。
お兄ちゃんも凄く楽しそうに笑ってる。
そんな楽しい時間が大好きだった。
*****
楽しい夢を見て、笑いながら起きると部屋が薄暗くなっていた。
お腹空いたな……
のそりと起き上がって1階に下りると、カレーのいい匂いがした。
お腹がぎゅるるっと鳴った。
でも、誰がカレー作ってくれてるんだろう?
もしかして母さん戻って来たとか?
別にマザコンじゃないけど、東京では仕事が忙しくて夜ごはんは別々に食べるのが日課で、別荘に来た時だけは毎日ご飯を作ってくれるから、嬉しいんだ。
夏休みくらいしか堪能できないおふくろの味っていうの?
仕事ばっかりして料理しないクセに、腕前は中々のものなんだ。
もしかして本当に母さんが帰って来たのかと胸を躍らせて階段を下りると……
「起きたか?」
優斗が作っていた。
階段の途中で止まり、こっちを見て笑っている優斗を眺めた。
どうしよう……
何を話せばいいのか分からない……
「夕飯の準備はじいさんが来ることになってたんだけどさ、きのうからぎっくり腰で動けないんだ」
「え? おじいちゃん大丈夫なの?」
しまった!
思わず反応しちゃったじゃないか!
ポーカーフェイスを貫こうと思っていたのに、驚いて声が上ずってしまった。
そんな自分に心の中で舌打ちしたが、優斗はそんな僕に少しほっとしたように笑った。
「1週間くらい安静にはしなきゃいけないらしい。颯太に3年ぶりに会うの楽しみにしてたってのにさ」
僕だって会いたかったよ。
おじいちゃん大好きだし。
山菜採りにまた連れて行って欲しいなぁ。
「今度、見舞いに行ってくれないか? じいさん喜ぶよ」
「うん……」
「ほら、座れよ。出来上がったから食おうぜ」
僕は大人しく階段を下りてテーブルに座った。
「俺も……一緒に食べていいか?」
なんだか少し緊張した感じで言われると、嫌だとは言えなくて……
小さく頷くと優斗は正面に座った。
「いただきます」
パン! と大きく手を叩いて優斗はカレーを食べ始めた。
それこそ、ガツガツと……
あの優斗兄ちゃんとは全然違う。
優斗兄ちゃんはとても真面目で優等生だった。
物静かでふわりと笑う優斗兄ちゃんがとても好きだった。
ところが、目の前にいるこの男は何だ?
陽に焼けて黒いし、筋肉質ながっちりとした腕。
腕だけではない。
体全体ががっちりと……そう、なんか、毎日筋トレしている様な感じだ。
3年前までの……お兄ちゃんがいなくなった……
「どうした? 美味くないか?」
ぼけっとしていた僕に、山男が話しかけてきた。
「あ、いえ……美味しいです」
じいっと見てくる優斗の視線が嫌で、僕は急いでカレーを食べ始める。
「3年の間に、何かあったのか?」
「え?」
僕はカレーを頬張りながら山男を見た。
「いや……、なんか、よそよそしい……っつうか、なんて言うか……」
よそよそしい?
誰がそんな態度にさせてると思ってんだよ!
口の中一杯のカレーをごくんと飲みこみ、お茶を飲んだ。
「ほら、サラダも食えよ。トマト最高に美味いぞ」
トマト?
俺は驚いて優斗を見た。
優斗はなんだか嬉しそうに顔を綻ばせ、
「これ美味いぜ! お前トマト好きだろ?」
「……嫌いです」
「へ?」
昔は好きだったけど、嫌いになったんだ。
トマトなんて一生食べないって思ったんだ。
それが自分のせいだなんて、優斗は全く思っていないだろう。
「うそだろ? お前、トマト大好きだったじゃないか」
「今は嫌いなんです」
僕はトマトに冷たい視線をやって、またカレーを食べ始める。
優斗は、じいいいっと僕を見ていたけど、「嫌いなのか……」と、呟いてサラダの上に乗ってるトマトを摘んで食べた。
え?
た……食べてる……!
「どうして……?」
思わず言った言葉に、
「ああ、トマト、食べられるようになったんだ」
はあ!?
なに勝手に好きになってんだ!
誰のせいで僕はトマトが嫌いになったと思ってるんだ!
それなのに自分は好きになっただと?
ふざけるな!
「…………誰のせいで……」
ぼそっと言った言葉を、優斗は聞き逃さなかったみたいで、
「え? 何だ?」
「何でもありません」
「誰のせいって言ったよな? どうした? トマト嫌いになったのは……誰のせいなんだ?」
駄目だ。これ以上この人と一緒にいたらいろいろボロが出そうで怖い。
「ご馳走様でした。片付けはあとで僕がやっておきますから。食べたら帰って下さい」
荒々しく椅子から立って階段を上ろうとするが、腕を掴まれた。
「なあ、何怒ってるんだ? 3年ぶりじゃないか。久々会ったのに……そんな態度はないだろ?」
「話す事は何もないから……」
「俺は颯太に話したい事がたくさんある。聞きたい事もある」
「……聞きたい事?」
振り向いた僕はドキッと心臓を鳴らした。
僕を見つめている優斗の瞳が真剣で……
「キスとか……経験したか?」
は?
「いや、お前、モテるだろうから……いろいろ、もう大人の階段上ったのか……なぁ?って……ははは」
突然何を言い出すんだ? コイツ。
聞きたい事っていう言葉に戸惑ってしまった自分に腹が立ち、僕は優斗の手を振り払った。
「そんな事関係ないだろ? 帰れ!」
叫んで階段を駆け上がる。
なんだよ!
おっさんみたいな質問しやがって!
キスなんてした事あるわけないじゃないか!
部屋のドアに鍵をかけてベッドへダイブすると、ヘッドホンをつけて大音量で音楽を聴き始めた。
まだ、心臓がバクバクいっていたので、音楽を聴く余裕はなかったけど……
大人の階段……って、それって、誰かと付き合って……キスとか、その先の事をしたかって事だろ?
「……いるわけないじゃないか。ばか優斗……」
やっぱり別荘なんて来なければよかった!




