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どのくらい走ったのか、着いた先は、さっき目印にした公園だった。
優斗は運転席を出て、荷台に上がってきた。
僕はバッグを抱きかかえ、荷台の隅に移動した。
「ごめんな、怖かっただろ? でも、無茶苦茶な事をいうお前が悪い」
優斗は僕の正面に座った。
「きちんと話したいんだ。これまでの事を全部」
「もういいよ。……そんなの……もう」
「よくない!」
優斗の怒っている声に、ビクッと肩を揺らしてバッグをぎゅっと抱いた。
「……ごめん。でも……聞いて欲しいんだ」
優斗は僕の隣に座って、僕の肩を引き寄せた。
「俺は……3年前に結婚した。……させられたっていう方がいいのかな」
させられた?
「お前に振られて自暴自棄になってたんだ」
はい?
「あいつに誘われて、あいつをお前だと思って抱いた。……最低だよな」
おいこら。
何言ってんだ?
「あいつは母親と二人暮らしで、夜に仕事してたから、昼は学校に行って夜はずっとあいつと一緒で……、ある日、あいつが婚姻届を持ってきたんだ。面白半分で書いて印鑑押してたら、卒業式の日に役所に提出された。……マヌケだろ?」
「……」
「でも、夫婦になっちまったもんは仕方がないし、もう、コイツしかいないと思って二人で暮らし始めた。大学は受かっていたけど、やめて就職したんだ」
「え? ちょ……」
ちょっと待て。
根本的に間違っている。
振られたのは僕の方だ。
「でも、そんな生活なんて長く続くわけがない。俺はお前の事忘れられないし、あいつはそれがわかってるから毎晩ケンカして、夜の仕事始めて男を作って家庭崩壊。俺は離婚届に判を押して家を出た」
「そんな……、どう……」
どうしてそんな流れになってるんだ?
僕の頭の中で、はてなマークが踊ってる。
「じいさんに怒られて諭されて、今までの俺を全部変えたいって思った。だから、まず始めたのはトマトを食べられるようになることだった。いつもお前が美味そうに食ってたからそれを好きになろうって思った。お前が好きなトマトを食べられるようになれば何か変われるような気がしてさ。……やっぱり、颯太の事が好きだから」
優斗は僕に微笑んだ。
微笑まれても……僕は優斗の事振ってなんていないし、そんな自己完結に話されても!
「食えるようになったら、今度は、お前がうまいって喜ぶトマトを作りたいと思った。だから、じいさんの知り合いの農園で働かせてもらって、体鍛えて……ってしてたら、こんな別人になっちまった」
うん。ホントに別人になったね。
ワイルドさにちょっと惚れ直したけど……って違ーーう!
「お前と会わなかった3年間で人生がコロコロ変わったけど、お前を思う気持ちは変わらなかった。ずっと好きだった。たとえ、もう、お前が俺を嫌いになっていたとしても、もう想いは通じなくても、俺はずっと……」
「ちょっと待って!」
僕はやっと優斗の言葉を遮った。
「なにか勘違いしてるよ! 僕の方が振られたんだからね!」
そうだ!
優斗が振ったんじゃないか!
「3年前、思いきって告白しようと思って、この公園で待ってるって手紙書いたのに来てくれなかったじゃないか!」
そう。
3年前、僕は優斗にラブレターを書いたんだ。
東京に帰る数日前、どうしても気持を伝えたくて何度も書き直して一生懸命書いた。
なのに、優斗は来てくれなかった。
来なかったということは、僕には恋愛感情は無いって事だと思って、初恋を封印したんだ。
「え?」
優斗は驚いて僕を見た。
今初めて聞いたような顔で……
「読んでないの?」
「……読んでない」
そんな!
「一生懸命書いたのに……読んでくれなかったんだ! 読む価値もないと思ったの? 徹夜で考えたのに酷い!」
かああぁっと頭に血が上って、僕は優斗を睨んで叫ぶように言った。
「ちょっと待ってくれ、怒るな。待ってくれ。……俺は手紙なんて受け取ってない」
なんだと?
「僕はちゃんとポストに入れたよ! おじいちゃんに貰ったお気に入りの手漉きの封筒に入れて……宛名だって書いたんだから……」
「手漉き? どういうやつだ?」
「桜の花が挟んである封筒で……」
ほんのりピンクがかった封筒で、物凄く気に入っていたし、ラブレターにはふさわしいと思って選んだんだ。
「あ!」
優斗は何か思い出したように荷台を降りて運転席のドアを開けた。
「これか?」
その手には、その封筒が握られていた。宛名はもう消えかかっていたけど、でもこの封筒だ! 間違いない!
「持ってるじゃん! 読んだんでしょ? それなのに来てくれないから……」
「違う! これはさっきあいつから受け取ったんだ。この中に離婚届の用紙が入ってるって……」
優斗が焦って封筒の中に入っている離婚届を取り出して広げた。
すると、その中に、僕が書いた手紙が入っていた。
手紙には附せんが貼ってあって、
「……3年前、お前が俺の家のポストにこの封筒を入れたのを見て、思わず読んで隠してしまったって書いてある」
「え?」
小さい文字で、僕宛の謝罪文が書いてあった。
この手紙……緒方さんが隠してたんだ。
優斗は僕を振ろうと思って公園に来なかったのではなく、手紙の存在を知らなかったんだ。
だから来れなかったんだ。
優斗は僕が3年前に書いた手紙を広げた。
「ダメ! 見ないで!」
やめろおおぉお!
恥ずかしい!
見るな!
その手紙を奪おうとするが、優斗にかわされる。
「やだぁ! 恥ずかしいから! 読まないで!」
思わず優斗の体を押し倒し、手紙を奪おうとするが、逆に押し倒されてしまった。
手紙は荷台の端に滑って行き、僕の両手は優斗が掴んで動けなかった。
上から優斗がじっと僕を見つめる。
「さっき、仲裁に入った男は俺の昔の同僚で……、今、付き合ってるんだってさ」
「え?」
「俺への嫌がらせで離婚届を出さないあいつを放っておけなくて、店に行ったり相談受けたりしてたら惚れたらしくてさ。あいつもようやく前に進もうって、離婚届に判を押して俺に持って来たんだ」
「……」
「3年前の嫉妬が出てしまったって反省していたよ。嫌な思いさせたって……。……あいつが手紙を隠さなければ俺達はもっと早くに両想いになっていたと思う。結婚も、颯太の怪我もなかったと思う。色々遠回りしてしまったけど、でも、やっと両想いになれたんだから……それに免じて、許してやってくれないか?」
両想い……
やっぱり、優斗は僕の事が好きだったんだ。




