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「ねえ、機嫌直してよ。ごめんなさいって言っているでしょ? 仕方ないじゃないの。私が出向かないと決着しないんだから」



 避暑地にある別荘に向かう車の中。


 母さんは困った声で僕をチラリと見た。



「それだったら僕は一人で家にいるって言ってるじゃない。どうして別荘にいなきゃいけないのさ?」


「だって、今日行くって伝えてるもの。森さんすごく喜んで準備して下さってるのよ? それを、突然今日いけませんなんてママ言えないわ」


「突然仕事になりましたので行けなくなりました。ひにちをずらして行きますって言えば何も問題ないのに」


「……まあ、それはそうなんだけど。もしかしたら帰国が遅くなる可能性だってあるわけだし。だったら、颯ちゃんだけでも行った方がいいかなぁって思って」



 その言葉に僕は驚き、



「別荘にずっと僕一人だけって可能性もあるって事? マジで?」



 ちょっとまってよ!


 一人で別荘にいなきゃいけないの?



「もしかしたらの話よ。ちゃんと帰ってこれるように頑張るから」


「……」


「颯ちゃんもいい加減にマザコン卒業しなさいね」


「マザコンじゃないよ! ちょっと……驚いただけだし……」



 失敬な!



「あ、そう言えばほら、森さんのお孫さん……ええと、名前はなんだったかしら?」



 母さんの声で、ドキッと心臓が音を立てた。



「……優斗ゆうと?」


「そうそう! 優斗くん! 今日電話したら電話に出てね、すっごく喜んでたわよ!」



 思い出したくない、大っ嫌いな名前。


 でも、そんな事母さんは知らないし、言うつもりはない。


 母さんは優斗と話した内容を楽しそうに僕に報告しているが、僕はそんな話聞きたくなくて、バレないように片耳にイヤホンをしてこっそりと音楽を聴き始めた。





 30分後、我が家の別荘に着き、車を降りる。


 ここに来るのは何年ぶりなんだろうか?


 あの時、僕は14才だった。


 今は高校2年の17才。


 3年か……



「懐かしいな……」



 東京よりも高い、真っ青な空に向かって思わず言った時、



颯太そうたーーー!」



 何だか野太い声がして、振り向いた。


 何だか黒いのがこっちに走ってきている。


 何だか埃っぽくて……


 何だか……



「焦げてる……」



 誰だ? あれ……



「元気だったかあーーー!?」



 無精髭の真っ黒に日焼けした男の人が僕の頭をガシガシと撫でてくる。


 誰だ?


 誰だよ?


 こんな人知らないぞ?


 あっけに取られながらその人を見ていると、その人は車を降りた母に頭を下げた。



「長時間の運転お疲れ様でした」



 母もその人が分からないみたいで、動きが止まる。



「あ、ああ!」



 その人は思い出したように手をパンと鳴らし、僕と母さんを見てニカっと笑った。



「優斗ですよ! お久しぶりです!」



 えええええええええええええ!?



 僕と母さんは驚いて目を見開いて口をあんぐりと開けた。


 3年前の優斗は、こんな山男じゃなかった!


 体つきはほっそりしてて、いつも優しく微笑んでくれて、細い綺麗な指でさらさらと頭を撫でてくれていた。


 こんなニカっと、顔をくしゃっとして笑わないし、荒々しくガシガシなんて撫でない!


 焦げてない!



 僕は目の前に立っている「優斗」という名前の別人から離れようと後ずさる。



 でも……



「背が伸びたなぁ! 何歳になった?」



 ガハハハハと笑い、僕の髪をかき混ぜる。


 声は優斗だった。



「なんだよぉ。久しぶりだから恥ずかしいのか? あんなに『お兄ちゃん』って後ろついて回ってたじゃねぇか! ひよこみたいに!」



 ひ、ひよこ?


 失礼な!



「……」



 優斗は黙り込んだ僕の頭をポンポンと叩き、



「奥様、これからアメリカですか?」


「そうなのよ。どうしても私が行かなきゃいけないの。だから、この子の事、よろしくね。2週間くらいで戻ってくるわ」


「はい」



 優斗は頷いて、車のトランクから僕の荷物を取った。



「お気をつけて」


「ありがとう。じゃあね。そうちゃん」


「……いってらっしゃい」



 渋々と言う僕に母さんは笑い、車に乗って行ってしまった……



「寂しいかぁ? 甘えん坊は変わってないみたいだな」



 後ろから笑いを含んだ声が聞こえた。


 甘えん坊ってなんだよ!


 寂しくなんてない!


 子供じゃないんだから!



「うるさいな!」



 優斗から荷物を奪い取って別荘の中に入ると、懐かしい香りがした。



 大好きだった別荘。


 大好きだった懐かしい空と空気。



 大好きだった……



「お前は何も変わってないな。昔のままだ」



 ……今は嫌いな、すっかり変わってしまった優斗が後ろから話しかけてきた。


 変わってない?


 僕は変わったよ。



 3年前の僕とは……もう決別したんだ。



 無言で階段を上がるが、



「飯は? 腹減っただろ?」


「食べてきましたので空いてません」


「お、その言い方他人行儀で都会染みてるなぁ。もっと楽しく会話しようぜ」


「勉強しますので」


「そんな冷たい言い方するなよ。3年ぶりだよな? 可愛い彼女とか出来たか?」



 優斗も上がってきているみたいだ。


 なんでついてくるんだよ!



 だだだだっと逃げるように駆け上がって自分の部屋に入った。



 鍵を掛けた瞬間、ドアノブがガチャガチャと回された。



「おい、颯太。なにも鍵かけなくたっていいじゃねぇか」


「何も話す事ないです! 僕はここには受験勉強する為に来たんです! 放っておいてください!」



 叫ぶように言うと、優斗は黙り込んだ。



「……冷蔵庫にサンドイッチ入ってるから、腹減ったら食えよ」



 あからさまに大きな溜息が聞こえ、階段を下りる音がした。



 驚いた。



 優等生優斗が真っ黒山男になっていた。


 性格まで変わったようだ。


 あんなの優斗じゃない!


 ズカズカと遠慮なしな感じになって……



 もっと嫌いになったかも。



 僕は大きく息を吐き、ベッドにダイブする。



 あ、シーツがお日様のにおいがする。


 干してくれてたんだ。



 森のおじいちゃんかな?



 絶対、優斗じゃないはず。



 窓から入ってくる風が気持よくて、僕は目を閉じた。


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