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その言葉のためならば

作者: 凡奈 蛮


「最っ悪」

 開口一番これである。安藤京子はそういう女だ。


「なんで?なんできたの?訳わかんない。」

 続けてこれだ。こっちとしては、礼を言われてもいいくらいなのに。でも、そんなこと言ってうれしいんだろう、なんて言ったらきっと怒り狂うか即ビンタかのどちらかだろう。


「ほっとけばいいじゃん。今更じゃん。昔はあんたと仲よかったけどさ。でも今じゃほとんど話もしないし。もう関係無いじゃん。」

 俺と京子はいわゆる幼馴染というやつだ。幼稚園が同じで、お袋同士が意気投合してしまったことが原因でよく一緒に遊んだ。京子ちゃんと遊びたいでしょ、とか言って、お袋同士がおしゃべりしたかっただけなのだ。


「あたしがクラスに馴染めないのなんて、昔からだし。あんたも気にしてなかったでしょ。逃げたんじゃない。自分の意思で飛び出したんだ。追ってくる必要なんてないでしょ。」

 でも俺は、昔から京子を守るのは自分だ、なんて考えてた気がする。そんな俺に京子もくっついていた。正直そんなに意識もしてなかったけど、小学校低学年くらいまでは俺たち両思いだったんじゃないだろうか。


「あんたは友達つくるのとかうまいしさ。いいじゃん。てかよかったじゃん。別にさ。あたしは一人で平気、ってかあんたの友達とかうるさいだけだし。」

 小学校も高学年くらいになると、男女で交友範囲も異なってくる。多くの幼馴染がそうなるように、僕たちも疎遠になった。でも俺と疎遠になったからといって、別の友達を作ったわけではなかった。


「なんかウザイんだよ。文化祭がんばろう、みたいな。思い出作ろう、みたいなさ。青春ごっこ?仲良しのフリ?本当にそう思うなら私なんてほっとけばいいじゃん。手伝わない奴は敵、みたいな感じにしやがって。思い出つくりたいだけならそんな必要ないじゃん。」

 中学、高校、と京子はどんどん孤立していった。クラスの誰かに話しかけられてもよくて二,三言返事をするだけだ。それもだいたい否定文。今はクラスの中心的な女子のグループには目を付けられていて、徹底的に仲が悪い。俺からするとどちらが悪いという訳でもないのだが、どうしても反りが合わないようだ。


「もうどうでもよくなったのよ。クラスとか、将来とかも。みんなクソなんだよ。」

 女子とは思えない喋り方だ。だがそんなことよりこの状況なんだから俺の話をしてくれよ、と思った。


「て言うかなによ、あんたの手。ぬるぬるしてさ。気持ち悪いんだけど。どうにかなんないわけ。」

 ようやく俺の話が出た、と思ったら罵詈雑言だ。いつからこいつは、ありがとう、とか素直に言えなくなったんだろう。今のお前があるのは俺のおかげだぞ、と言っても今の自分が嫌いだと答えるのだろうか。きっとそうだろう。まったく、昔はよくありがとう、と言われていたが、もう俺は死ぬまでこいつに礼を言われることはないんじゃないだろうか。もう一度くらい言われてみたいがどうすればいいか見当もつかない。


「ああ、もう、訳わかんない。何しにきたの。昔みたいに私を助けに来たつもりなの?わからないの?むしろあんたが邪魔なの。あんたさえいなけりゃ、私は自由なんだ。他の奴のすることや言うことなんて気にしない。あんた以外の奴なんて、石ころ以下なんだ。でもあんたは。今だってあんたのせいで。」

 京子はうつむいてしまう。声は震えて、目に涙が溜まっているのが見える。感情が爆発しそうになるのを堪えているのだろう。すでに爆発させているようで、まだ堪えている。俺にはわかっている。俺だから、京子だから、わかる。


「あんたは、どんどん変わっていたじゃん。男子からも、女子からも人気で。いつも周りに誰かいて。勉強できないけどスポーツはできて。なによこれ、こんなに鍛えてどうするつもりなの?それともこれだけ鍛えたからって調子に乗ってたの?」

 京子の手が僕の胸に触れる。残念ながら鼓動が高まったりはしないけれど。京子の後ろに見える空が曇り空なのも残念だ。いつもは気にしないけれど。


「でも別に、あんたの友達からあんたを奪おうとなんてしなかったじゃん。だからあんたも、あたしなんてほっといてくれたらよかった。ああ、もう。こんなこと言うつもりじゃなかった。こんなこと思ってるなんて気づきもしなかった。あんたはあんたで、あたしはあたしでいいと思ってた。思ってると思ってた。もう、わけわかんない。」

 泣くなよ。ばか。心の中で言う。声は出ない。ていうかお前あれじゃん。俺のこと好きなんだろ。俺もだよ。言えたらどんなに幸せか、なんて甘ったるいことを考えて笑う。心のなかで笑う。


「なんで、なんであたしなんか助けたの。命までかけて。」

 クラスも人生も嫌になったという京子は走るトラックの前に飛び出した。その時に偶然俺が通りかかったのは奇跡だったとも思う。俺の体は勝手に動いた。奇跡はほんの少しだけ続いて、そして少ししか続かなかった。でも十分だ。俺に突き飛ばされた京子は転んだけどたいしたケガはしていないようだ。俺は轢かれて吹き飛ばされたけど、京子は助けられた。


「ねぇ、どうしてよ。あたしはもう、どこにも居場所なんてなくて、死ぬ、つもりで。それで、よくて、さぁ・・・でも、あんたは。あんたが死んだら。」

 京子の声は震える。俺に突き飛ばされた京子は、たぶん、一瞬何が起きたかわからなかったんだろうけど、吹き飛ばさて、半分ぐちゃぐちゃになった俺のところへ走ってきた。横たわる俺にしがみついて、血まみれの手を握って。でも口から出るのはこんな言葉ばかり。まったく、困ったやつだ。


「ごめん・・・ごめんなさい。ねぇ、あたし、ちゃんとするから。クラスにも馴染むし、文化祭の準備もするからさ。」

 初めて謝罪の言葉がでてきた。だけど謝って欲しいわけではない。それに、京子が生き方を変えても傷は癒えない。でも、京子がそうなってくれるのなら、俺は嬉しいと心から思える。心臓の鼓動は少しずつ弱まっていく。たぶん俺はそろそろ死ぬだろう。正直、心残りはあるけれど、俺は京子を守れた。一番大事なのはそこだ。ゆっくりと目が閉じていくのがわかる。自分でも止められない。


「いや。いやよ。ねぇ、もうすぐ救急車もくるから。」

 ごめん、それは間に合わない。でもいいんだ。お前は最高に馬鹿なことをしてくれたけど、それでも俺はお前が好きだよ。伝えたいけど声はでない。笑ったら伝わるかな。なんとか笑顔を。えがお、できるかな。


「あ・・・。なんで、よ。」

京子が驚きの声を上げる。ああ、もうだめだ、目が完全に閉じる。音もほとんど聞こえない。でも最期に。


「ごめんなさい。あ、りがと、う。」

 最期に京子のかすれた声が聞こえた。どうやらなんとか笑顔がつくれたようだ。しかも死ぬまでに、という望みもかなった。ちゃんとありがとうも言えたし、これから京子はきっと大丈夫だろう。心の中でも微笑んで、俺の意識は消滅した。


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